南多摩地方

【八王子市】

住所  神社名 祭礼日 内容 備考
 ≪八王子市

 ■旧市(旧・中央部)
 ※八王子まつり公式HPはこちら。
 【下地区】
元横山町2−15−27 八幡八雲神社 8/1土日 神輿   
山車7台 本町、大横町、中町、南町、横山町三丁目上八日町、八日町1,2丁目
屋台2台 元横山町、三崎町
リース山車2台 南新町、横山町1丁目
宮神輿=平成元年11月再建。宮神輿渡御は以前は7月の例大祭だったが、平成14年より八王子まつりに行うようになった。
本町=三層鉾台山車。長さ2、5m。幅1、42m。高さ4、8m。
 昭和6年(1931)制作。大工は小澤美之吉、平次親子。彫師は池田信之。車大工は八幡町棒兼。
昭和57年に八王子宮大工の八田直吉が囃台屋根、天井を大改修する。
正面唐破風鬼板・懸魚:「神功皇后」「武内宿禰」、 前柱は「昇龍、降龍」、天井鏡板は「雲龍・水龍」の蒔絵、楽屋左右の花頭窓羽目は「神武天皇」「素盞鳴命・くしなだ姫」、上部支輪は「牡丹」、中層胴羽目四面に「龍」、四隅に「鳳凰」が組み込まれている。
山車人形は平成14年制作。「浦島太郎」。

 江戸末期から明治前期にかけて『浦島』の人形山車があったが、明治30年の大火で山車と人形を焼失。

 先代は明治末期に二層鉾山車を制作するが、昭和5年頃に立川に売却。
舵棒辺りの象鼻の修理、銅板の貼り替えなどが行われました。
大横町(江戸期には「横町」と言われ、元禄年間に天王社と多賀明神の両社の氏子となったと推測される。以来、隔年ごとに両社祭礼を行っている)=二層鉾山車。明治44年(1911)制作。大工は小町小三郎。彫師は二代目小松光重。
平成29年(2017)4月23日、補修完成御披露目。
以前は平成17年修理。大工は吉匠建築工藝(吉川輔良)。
長さ2.44m。幅1.46m。高さ4.03m。
 彫物は唐破風懸魚「わにに乗った仙人」、内側琵琶板の「御所車」、木鼻の「花鳥」、後部楽屋、脇障子鏡板の「土蜘蛛退治」、花頭窓羽目の太平記のうち北条時屋敷の一話「城入道妖霊星退治」など他の山車には見られな特異な題材で異彩を放っている。
鉾台上層後面胴羽目「天の岩戸」「女鈿命」など古事記の神話をモチーフにしている。 総体的には線太の木割、唐破風の曲線などに小町作品の特徴が見られる。

 往古は化政期には山車があったらしい。
 先代は江戸末期〜明治初年頃の作で 『和藤内』の人形山車。明治10年頃に青梅市小木曽荒田に売却されたらしいが、その後は不明。
中町(明治期は横山町に属していたが、大正元年の区画整理により発足)
=二層鉾山車。大正8年(1919)制作。大工は小澤美之吉。彫師は佐藤光重。車大工は棒定。昭和6年に山車飾りの諌皷鳥を制作(彫匠:池田信之作)現在も乗せて曳行している。長さ2、48m。幅1、37m。高さ3、97m。
 彫物は唐破風鬼板・懸魚に「中国賢人」、脇障子鏡板の「中国女人」などの人物構成が主体。楽屋左右の腰板に「七福神」、欄間に「牡丹」など組み込まれている。
南町⇒山車蔵は平成16年3月完成。
=一本柱建て人形山車。明治39年(1906)制作。大工は小町小三郎。彫師は二代目小松光重。
平成9年修復。大工は散田町の(有)鈴良建設。象鼻は改修時に新調。
長さ2、46m。幅1、58m。高さ3、8m。
 【彫物】
正面唐破風鬼板:「飛龍」。
懸魚&桁隠し:「三匹龍」。
木鼻:「飛龍」、「獅子頭」。
脇障子:「獅子の子落とし、牡丹に獅子、飛龍」。
狐窓:「鳳凰に雲」。
欄間:「松に鶴」。
後部楽屋左右花頭窓羽目:「牡丹に獅子、鵜鳥」。
腰板:「唐子遊び、獅子舞、雪遊び、雪だるま」。
台輪:「波に千鳥」。
 岩座は安政4年(1857)6月、南横町棟梁小町粂之丞、八幡宿彫工小川屋巳之助の墨書きあり。高さ55cm。
当初は欄干として前面の上部に波の彫刻があったが、現存しない。
 人形は平成17年(2005)12/20、61年ぶりに復元新調。御披露目は18年6/24。会場は八王子エルシー。
「応神天皇を抱く武内宿禰と龍神」。人形師は岩槻の福田東久。
高さは岩座より2、3m。
以前のは昭和20年8月、戦災で焼失。しかしながら山車人形が乗っていたのは大正10年頃までである。

 寛政3年(1791)南横町と称した頃の今も神酒所で飾られている神酒枠が作られたと記録あり。この頃使われた山車が文政7年(1824)の大火で焼失。
 安政4年(1857)「応神天皇」の人形山車をに制作するが、明治30年4月の八王子大火により焼失。
しかしながら岩座と山車人形は焼けずに残った。
 昭和20年8月の空襲では山車は戦災を免れたが、人形は焼失した。
横山町三丁目=三層鉾山車。平成6年(1994)8/5、再建入魂式。
大工は近田均・相田正治。彫師は新潟県村上市の伽藍師の細野 実、幹雄 他。塗師は平山鉱平。錺金具は石田金造、細野五郎。費用は山車蔵込みで1億2,000万円。長さ2間、幅1間。高さ5、12m。
山車人形は「織田信長 羅陵王」。明治初年、三代目法橋原舟月の作。高さ2m。
明治末期まで山車に乗せていたが、現在は祭礼中は神酒所に置かれている。
 ≪囃子台≫
鬼板:「素盞鳴尊」。懸魚:「八岐大蛇」。前柱:「昇龍」。妻飾り:「大国主命」。
 ≪楽屋(鉾台)≫
一層(下層)部 正面狐窓:「獅子の子落とし」。琵琶板:「龍」。前脇障子鏡板:「天孫降臨、猿田彦命」、花頭窓:「神武天皇」、後部脇障子鏡板:「養老の滝」。腰板:「亀に波」。支輪:「牡丹」。木鼻:「獅子頭」。
二層(中層)部 胴羽目:「日本武尊、神功皇后出陣、仁徳天皇」。支輪:「飛鶴」。木鼻:「金鶏」。
三層部 胴羽目:「鳳凰」。三味線胴:「龍に浪」。
 ≪台輪≫
台輪:「鯉に浪」。
象鼻:「象の形の獅子頭」。

 先代は大正11年制作。大工は萩原左文治。彫師は金子光清によって作られた唐破風向拝付き二層山車だったが、昭和20年8月の戦災で大鳥神社内山車蔵で焼失。
上八日町(八日町3、4丁目)=二層鉾台山車。昭和60年8/3、(1985)完成祝賀会。4代目。棟梁は村上市の伽藍師の細野 実と宮大工の近田均。彫師は細野幹雄。塗師は平山鋼平、漆原忠。木地師は相田正治。錺具師は細野五郎。全て村上の職人。錺具師は同じく越後三条の石田金造。費用は約5,000万円。長さ5、12m。幅3、3m。高さ4、7m。
人形は素盞鳴命。明治16年に三代目原舟月の作。空襲で頭と衣裳以外は焼失するが、昭和60年、岩槻市の藤田東久により胴体と手足を復元。
鬼板・懸魚・妻飾りは旧山車人形の「素盞鳴尊」にちなみ、「素盞鳴命、クシナダ姫と八岐大蛇退治」の彫刻。両脇障子蹴込みに「唐獅子牡丹」。
後部二層鉾台の下層部左右花頭窓に「天女の彫刻」。後面脇障子鏡板に「鯉の滝登り」。

 創建は文政10年(1827)6月(車輪の車軸に墨書きより)で明治10年代に青梅市小曽木に売却。現・埼玉県越生町新宿。

 先代は明治16年作だが戦災で焼失。
 復活までは町田市相原町や五日市町伊奈(現・あきる野市)などより毎年借りた。
八日町1・2丁目(八日町雄略会)=二層鉾台山車。平成16年(2004)7/25、御披露目。59年ぶりの復活。4代目。
長さ4、3m。幅2、88m。高さ4、45m。人形込みの高さ7、3m。
細野工芸(細野実)[新潟・村上市]の作。
設計、彫刻は細野実、細野茂樹。
彫刻、木地は細野幹雄、沖野兼一。
塗りは平山鋼平、桑原忠、山中実。
鬼板、懸魚は「弁財天、龍」。
脇障子:【三国志】「劉備玄徳、張飛翼徳、関羽雲長、諸葛孔明など」。

人形は「雄略天皇」。埼玉県岩槻市の叶崎人形の作。衣裳は西陣織の金襴地。高さ2、5m。

 往古は天保年間には単層唐破風人形屋台があったとされる。
 先々代は明治10年頃に「雄略天皇」の人形山車だったが、神奈川県津久井郡津久井町中野に売却。
 先代は昭和初年作の二層鉾台山車だが昭和20年の八王子空襲で焼失。

 復活前は戦後しばらくは神輿、他町より借用。
 その後散田町の西志村喜吉氏が昭和54年制作所有の山車(二層鉾台山車)を借用して曳いた。
元横山町=入母屋八つ棟造りの堂宮形式。大正10年(1935)創建。
大工は小澤美之吉。彫師は佐藤光重。車大工は棒定。昭和62年修理。長さ2、6m。幅1、45m。高さ4、63m。
 彫物は
正面唐破風鬼板に「素盞鳴命」と「クシナダ姫」。懸魚に「八岐大蛇」。
囃子台の天井鏡板に「巻龍」があり、そこに彫工佐藤光重の刻印がある。楽屋左右の花頭窓には≪義経記≫「鞍馬山の牛若丸」「安宅の関」、脇障子の鏡板は中国故事を題材とした作品で構成。花頭窓上の彫刻高欄には「牡丹に唐獅子」や台輪四隅に付された唐子の象鼻など異彩を放つ。
三崎町=入母屋四つ棟造りの堂宮形式。明治40年(1907)制作。大工は杉浦喜助。彫師は不詳。当時は二層鉾台形式。
昭和8年に紫村喜助により現在の堂宮形式に改造。平成3年修理。長さ2、3m。幅1、35m。高さ3、34m。
 彫物は正面唐破風の鬼板と懸魚に「雲龍」、左右脇障子に「獅子」、楽屋左右の腰板は「波」半花頭窓羽目に「龍」、欄間に「飛獅子」。
 【リース山車】
南新町⇒現在、新調中。
=平成5年制作の中野上町西二町会の町内有志の手作りの山車を借用して曳く。

車輪は清水考勇作の鉄製源氏車。

 先代は昭和8年制作の二層鉾台山車だったが、戦災で焼失。
横山町一丁目平成18年(2006)より散田町谷合氏所有の山車を借用。
昭和61年制作。建造には渡邊工務店、宮彫大工八田広明らがあたる。
 【戦災にて焼失】
昭和20年8/2未明に、B29の空襲をうけて一夜にして八王子の市街地の大部分を焼失して、焼け野原となった。この時に山車8台を焼失した。
山車⇒ 新町、横山町一丁目、横山町二丁目、横山町三丁目、八日町1,2丁目、南新町
 
屋台⇒
 上八日町、寺町
新町=江戸期〜明治中期にかけて「猿田彦命」の人形屋台を曳くが、明治30年の八王子大火で焼失。その後明治40年代に二層鉾山車を制作。大工は小町小三郎。彫師は小松光重。

横山町一丁目=江戸期〜明治30年代に「俵藤太秀郷」の人形屋台を曳くが、明治42年に恩方に売却し、二層鉾山車を制作。大工は荻原左文治。彫師は佐藤光重。

横山町二丁目江戸期〜明治20年代に
「諌鼓鳥」の人形屋台を曳く。その後明治40年代に二層鉾山車を制作。大工は小町小三郎。

八日町1,2丁目
=天保年間に「鎮西八郎為朝」の人形屋台を再建し、明治初期まで曳行。続いて明治10年代に「雄略天皇」の人形と屋台を新調するが、大正13年頃に神奈川県津久井町中野に売却し、新たに二層鉾山車を新調。大工は小沢美之吉。彫師は佐藤光重。

南新町=明治末期に二層欄間仕立ての山車を創建。昭和6年頃にこの山車を立川市柴崎町に売却し、同8年頃に二層鉾山車を制作。大工は小沢美之吉、平次親子。彫師は池田信之。 

寺町
=天保4年(1833)に「鐘馗」の屋台人形を新調。明治初年には「加藤清正」に人形を変えて曳行。その後、明治中期に人形と屋台を追分に売却。新しくせり出し式の山車を購入し、人形も「鐘馗」を新調した。その後、大正初年頃に欄間形式の山車を入母屋型の屋台に改造した。
 【上地区】
元本郷町4丁目9−21 多賀神社 8/1土日 宮神輿 あり
山車7台
八幡町1,2丁目[旧・1丁目]、八木町、追分町、大横町、元本郷町、千人町1丁目、平岡町
屋台2台 八幡上町、日吉町
山車休止 八幡町1,2丁目[旧・2丁目]
神輿 大横町
小門町82 産千代稲荷神社 8/1土日 屋台1台 小門町
宮神輿明治15年、浅草で制作。台輪寸法4尺5寸。重さ約4トンある千貫神輿として著名。
八幡町1、2丁目[旧・1丁目]=二層鉾山車。大正7年(1918)制作。
大工は荻原左文治。彫師は佐藤光重。長さ2、98m。幅1、52m。高さ4、12m。
平成8年修理。大工は鈴良建設。
人形は明治19、20年の山車改造に伴い、神武天皇の人形を新調。人形師は三代目原 舟月。
囃子台天井の「巻龍」、前柱上部の木鼻「鶏」、後部脇障子は「蝦仙人」、「鉄拐仙人」。鉾台後面は「素盞鳴命、など」。
 人形は明治20年に神武天皇の山車人形を新調。人形師は三代目原舟月。費用150円。昭和54年、高さ2、3m。

 往古は化政期には人形屋台があったと思われる。江戸末期から明治前後にかけて「猿田彦命」の人形を乗せた唐破風人形屋台を曳いていたが、人形は追分に売却。
八木町=二層鉾台山車。大正3年(1914)制作。大工は小澤美之吉。彫師は佐藤光重と門下。昭和56年、串田孝(東淺川町)により高欄、屋根など改修。平成8年、破風、金具、台輪、舵などを修理。長さ2、56m。幅1、52m。高さ4、1m。
正面の鬼板・懸魚は「雌雄一対の鷲」。後部の鬼板・懸魚は「獅子に牡丹」。上部支輪は「麒麟」。後部胴羽目、脇障子は「義経一代記」。

  先代は明治初期より人形山車があったが、あきる野市五日市伊奈上宿に売却。
追分町=二層鉾台山車。明治45年着工。大正3年(1914)制作。大工は小町小三郎。彫師は二代目小松光重。車大工は鈴木清太郎。長さ2、39m。幅1、42m。高さ4、1m。
曳き始めは大正4年の御大典より。平成6年修理。
正面の鬼板、懸魚は「素盞鳴命と八岐大蛇」。脇障子の鏡板は「昇竜、降龍」。花頭口は「雲に鳳凰」。胴羽目は≪古事記≫「日本武尊、神武天皇、天の岩戸など」。

 『猿田彦命』人形を明治19年頃八幡町1丁目より購入。その後屋台と人形を久島町(現・日吉町に売却)。
さらに『加藤清正』の人形山車を寺町より屋台と共に購入するが、明治40年代に諏訪宿(現・諏訪町)に売却。
元本郷町=唐破風二層四つ棟造りの山車。昭和53年の改造時の大工は武笠宏、照井一資。長さ2、3m。幅1、35m。高さ3、34m。
昭和28年浅草の宮本太鼓店より曳太鼓を購入。昭和30年頃に檜の四本柱を敷設。昭和40年ころより休止となる。
 復活に際し曳太鼓を昭和49年に一貴建設が仁和加形式に改修。さらに53年に二層四つ棟屋型の山車に改造した。彫物は台湾製。 
彫物は向拝唐破風鬼板「鷹」、懸魚「鶴」、向拝柱の木鼻が「獅子頭」でいずれも彩色されている。台枠には曳き太鼓のなごりで「牡丹に唐獅子」、脇障子花頭羽目は「雲」が配されている。

 戦前は獅子頭を所有。

戦後は他町より山車を借りていた。
千人町1丁目=四つ車・二層鉾山車の手作り山車。平成17年(2005)制作。地元の青木晃の作。
 先代は昭和62年に元本郷栄和会(旧1丁目)より購入。昭和51年に元本郷栄和会(当時はくるみ会)の会員たちが作った山車である。
小門(おかど)町=二層鉾台形式。内輪四つ車。平成15年購入。翌16年正式参加。
この山車は昭和54年、散田町の西志村喜吉氏制作&所有の山車(二層鉾台山車)で、永らく八日町1、2丁目が借りていた山車だった。
平岡町=二層鉾台山車。平成20年6/29新調入魂式。八王子祭囃子連合会と町会の方々が、19年9月から7ヶ月かけて制作。
高さ4、5m。幅2、1m。
八幡上町=単層唐破風一本柱建て人形山車。江戸時代後期から明治年間は「鞍馬天狗と牛若丸」の人形を乗せた山車だったが、大正4年の改修で屋台となる。改修時の大工は小町小三郎。彫師は横浜の佐藤光重、佐藤明誠。平成8年修理。長さ2、69m。幅1、61m。高さ3、63m。
明治、大正期の彫物も混在している。正面琵琶板、木鼻、楽屋左右花頭窓、脇障子は佐藤光重の作。花頭口羽目の「牡丹」は佐藤明誠の作。
日吉町=堂宮形式。大正6年(1917)制作。大工は小澤美之吉。彫師は二代目小松光重。車大工は棒定。
平成20年、吉匠建築工藝(吉川輔良)により修復。
鬼板:正面は「雌雄の孔雀」、背面は「飛龍」。懸魚:前は「雌雄の孔雀」。後ろは「鳳凰」。
脇障子は「中国列仙伝」。上部胴羽目は「牡丹に孔雀」。向拝柱は「昇龍、降龍」。
長さ2、57m。幅1、44m。高さ4、63m。

  先代は明治後期から大正初期まで「猿田彦命」の人形山車が出た。この山車は中宿に売却するが、戦災で焼失。
八幡町1、2丁目[旧・2丁目]=一本柱建て人形山車。文政10年(1827)制作。明治22年、改造。大工は不詳。彫師は横浜の人と伝えられる。昭和20年代に八幡町2丁目として曳いた。その後、長らく横山町3丁目に貸し出され曳かれていたが、老朽化のため昭和63年が最後の曳行。長さ2、59m。幅1、64m。高さ3、64m。
 人形は諌鼓鳥。文政2年、二代目原舟月の作。
 【神輿】
大横町
=平成7年4月制作。(株)日本木工振興 の作。台輪寸法2尺1寸。高さ1、2m。
※大横町は八幡・八雲神社および多賀神社の両社の氏子町で隔年ごとに両社祭礼を行っている。
中野町 天満社 8/3土日 山車1台 中野町西三丁目
中野町西三丁目=昭和57年(1982)に地元の山本一夫、小野?男ほか町会有志により5年をかけて制作。
神明町4−10−3 子安神社 7/4土日 神輿
宮神輿=八王子・多賀神社の宮神輿を譲りうける。
宮下町478 若松神社 9/1土日 山車1台 宮下町  
宮下町=昭和56年宮下町囃子連青木信昭会長などが中心になり制作。
上野町1 天満神社 7/25頃の土日 例祭
 ■西部(元八王子)
散田町5−36 高宰神社 8/3土日 山車1台 千人町二丁目
千人町二丁目=昭和54年創建。大工は西志村氏。
元八王子町三丁目2284 八幡神社 4/3土日 例祭
叶谷町1072 住吉神社 9/19 例祭
諏訪町1 諏訪神社 8/26、27 屋台1台
弐分方町2 日枝神社 例祭
横川町955 日吉神社 4/3土日 例祭
川町206 川町琴平神社 4/2土日 例祭
四谷町 諏訪神社 8/26 三匹獅子舞
 ■北部(小宮)地区
小宮町1128 日吉神社 4/3 例祭
石川町1 西蓮寺・御嶽神社 9/3土日 三匹獅子舞 天正元年(1573)に西蓮寺境内社の御嶽権現の落慶式に龍頭を舞って以来今日まで伝えられている。
平町414 西玉神社 9/中旬 例祭
宇津木町757 埼玉神社 9/19 例祭
高倉町16−1 稲荷神社 9/15 例祭
大和田町五丁目22−6 八幡神社 8月 例祭
大和田町4丁目4−6 日枝神社 8/15 例祭 上大和田の鎮守
大和田町1317 関根神社 8/15 例祭 下大和田の鎮守
中野山王二丁目23−1 子安神社 8/3日曜 例祭
 ■北部(加住)地区
滝山町二丁目136 神明神社 4/3 例祭
尾崎町90 八幡神社 4/5 例祭
左入町168 左入神明神社 4/15 例祭
梅坪町266 天神神社 4/3日曜 簓獅子舞 獅子舞休止
永禄年間(1558〜69)から戦前までは4月の例祭に簓(ささら)獅子舞 が奉納された。
ただし現在では昭和44年(1969)の落慶式以来, 獅子舞は舞われていない。
谷野町763 七社神社 4/17 例祭
丹木町二丁目294 御嶽神社 8/12 例祭
加住町一丁目11 勝手神社 4/1日曜 例祭
高月町1125 駒形神社 9/22 例祭
高月町1197 高月八幡神社 9/29 例祭
戸吹町503 住吉神社 9/29 例祭
戸吹町1646 熊野神社 9/19 例祭
 ■西部(川口)地区
犬目町925 御嶽神社 4/8 例祭
川口町1153 日枝神社 4/1 例祭
楢原町273 鹿島社 4/3 例祭
上川町1208 田守神社 8/最終日曜 獅子舞(雨乞い獅子) 田守神社獅子舞保存会
文化年間(1804〜17)から始められたと伝えられ、嘉永2年(1849)に奉納されたという記録がある。 雨乞いに霊験があるとされ,別名「雨乞い獅子」とも呼ばれる。
上川町33 今熊神社 8/最終日曜 獅子舞 今熊神社獅子舞保存会
今熊神社獅子舞(今熊神社獅子舞保存会)=市指定無形民俗文化財。貞治3年(1364)に正福寺創建時に別当重円法師が、娯楽のために村人に舞を教えたのが始まりと云われる。五穀豊穣、悪魔退散、無病息災を祈願して奉納される。
毎年8/最終日曜(31日の場合は24日)が例祭日。11:30〜17:00。正福寺(上川町377)から今熊神社(上川町230)へ。
上川町3089 熊野八雲神社 4/3&8/最終土日 例祭
美山町977 日枝・琴平神社 4/中旬 三匹獅子舞 美山町簓獅子舞保存会
10:00〜。美山町東部会館から美山中央児童遊園へ。
 ■恩方地区(西部)
西寺方町60 八幡神社 9/15 例祭
西寺方町613 菅原社 3/25 例祭
上恩方町高留(2089) 宮尾神社 9/2日曜(元・10) 例祭 氏子は川井野、高留、宮ノ下地区
下恩方町上宿(1268) 御嶽神社 4/8頃の土曜 神輿
下恩方町1974 秋葉神社 8/17 例祭
小津町142−1 熊野神社 8/16頃の日曜 三匹獅子舞 小津獅子舞太刀保存会
13:00〜15:30の予定。
 ■由木地区(東部)
鑓水1070 諏訪神社 5月連休が多い
(元・4/15)
子供宮神輿
神輿 柚の木会
トラック乗せ山車
子供宮神輿=平成16年頃に富山の刑務所の作を購入。
 以前のは放送局勤務の方がいてテレビの芝居で使ったのを頂く。最初は町会所有だが、宗教的なことから宮神輿とする。
神輿=柚の木会。松木の土建業の人が制作し町会に寄付。そこで柚の木会を作り神輿を管理するようになる。
山車=平成12年頃制作。地元の大工の作。トラックに乗せて曳行。
上柚木2−19 愛宕神社 9/7頃の土日 神輿 昭和60年代創建か?
土曜:居囃子。
日曜:神事(10:00〜)、神輿・居囃子出発(13:00〜)
下柚木148 御嶽神社 /15 例祭
越野750 日枝神社 9/1(元・5) 例祭
8/最終日曜 子供神輿
子供神輿=帝京大学中学校・高校の寄附で子供会で担いでいる。以前は有志の作った樽神輿を担いでいた。
東中野字九号499 熊野神社 8/最終土日(元・29) 神輿
神輿は10時出発。谷津入、井戸ノ上、天野の順に廻る。
大塚518 八幡神社 9/1日曜(元・2 神輿(大小)
山車1台
大太鼓
神輿=平成になって購入。以前のは分倍河原の方より購入。
堀之内二十六号2039 北八幡神社 8/15・30 例祭 堀之内の寺沢、松木の台の鎮守
(吉田姓と佐藤姓)
別所221 日枝神社 8/27 例祭 別所の鎮守
松木二号198 浅間神社 /3 例祭 熊沢家のみ
南大沢1−262 八幡神社 8/26 粉屋踊り 大沢の鎮守
例大祭では「粉屋踊」という手踊りが奉納される。
中山806 白山神社 9/1日曜 例祭 中山の鎮守
 ■東南部(由井)地区
北野町550−1 北野天満社 7/4土日 宮神輿
子供みこし2基
山車
打越町1365 打越八幡神社 8/最終土日 例祭
片倉町2475 住吉神社 8/4日曜 例祭
小比企町1201 稲荷社 9/3 相撲廃絶 明治になって途絶える
宇津貫町1028 熊野神社 8/28 例祭
長沼町590 六社宮 9/6 例祭
 ■西南部(横山・浅川)地区
散田町五丁目36−7 高宰神社 9/7 例祭
椚田町460 大牧御嶽神社 8/28 例祭
寺田町838 榛名神社 4/1日曜 例祭
大船町250 春日神社 8/29 例祭
館町1271 御霊神社 8/21 例祭 神霊の迎火の焚火を家々で焚す神事が行われる。
狭間町1181 御嶽神社 8/3日曜 三匹獅子舞
天正18年(1590)、時の八王子城主北条氏照公から獅子頭を賜った事からはじまったと伝わる。
廿里町48 白山神社 8/3日曜 例祭
東浅川町656 十二社 9/中旬 例祭
東浅川町原 熊野神社 8/3土日 屋台1台 原 
三匹獅子舞 湯の花神事
高尾町2258 氷川神社 8/3土日 子供山車1台 二層鉾山車
三匹獅子舞
中宿=昭和57年(1982)制作。大工は串原孝。
 明治期は仁輪加が曳かれ、大正6年頃に日吉町より山車を購入するが、戦災により焼失した。

inserted by FC2 system