≪大里地方
       熊谷市、深谷市、大里郡寄居町

住所  神社名 祭礼日 内容 備考
 ≪熊谷市≫
  平成17年(2005)10/1、熊谷市+大里郡大里町、妻沼町が合併。
 ◎旧熊谷市
鎌倉町 愛宕八坂神社 7/20〜22
“うちわ祭り”
神輿
山車5台 本町1、2丁目、本町3、4丁目、筑波町、仲町、銀座
屋台7台 弥生町、荒川区、鎌倉町、伊勢町、桜町
第一本町区(本町1、2丁目)=明治31年(1898)制作。制作費は1,500円。大工は島野茂三郎。彫師は小林栄次郎。人形は神武天皇。人形師は長野屋綱季。見送り幕は「相剋竜虎」。山車の長さは4、55m。幅は2、77m。屋根の高さは4、55m。重量は約5トン。
 口伝では天保元年(1830)に市誌にもあるように、、熊谷で一番初めに山車を創建したと云われるが?。

第二本町区
(本町3、4丁目)=天保年間(1830〜44)制作と思われる。明治24年神田の紺屋が個人所有の山車を中家堂初代当主の中村藤吉が500円で購入した熊谷現存最古の山車。大工、彫師は不詳。人形は戸隠大明神。人形師は三代目仲秀英?。見送り幕は「火炎太鼓と鶏」。購入当時の資料は中家堂に残っていたらしいが、昭和20年8月の空襲で焼失する。
山車の長さは5、1m。幅は2、8m。屋根の高さは5、1m。重量は約5トン。

筑波町区=昭和36年(1961)制作。制作費は250万円。大工は岡田屋(小林福三郎、篠笹直広)。彫師は福島光治、新井松十郎。人形は日本武尊。人形師は米福(本庄市)。見送り幕は「龍」。
 平成21年修復。修復費用は約1700万円で、塗直しをはじめ、金箔金ぱくの貼り直し、金具交換などを行った。
山車の長さ4、78m。幅2、77m。屋根の高さは4、78m。重量は約5、2トン。
 先代は明治35年に鴻巣の某町より130円で山車を購入したのが始まり。人形は神武天皇。
 その後、大正5年に新調に近い改修で人形も日本武尊になる。昭和35年まで使用。筑波区が独立し、屋台を譲るまでは山車と屋台があり、1年交代で出していた。  
 
また江戸期に狂言屋台を出していたかもしれない。
仲町区=昭和30年(1955)7月制作。鉾は昭和56年につぎたす。
大工は小林稲三郎(小林工務所)。彫師は福島光冶。塗師は楢原平助。山車の長さは4.8m。幅は3m。屋根の高さは4.7m。重量は約4,5トン。
見送り幕は「天女奏楽図」。

 初代は明治39年制作の花屋台で昭和初期に妻沼町の上町に譲渡するが、現存せず。
 花屋台以前の江戸期には狂言屋台を出していたかもしれない。
銀座区=平成6年(1994)新調。この年うちわ祭り終了翌日、京都市の四条通りに現れ、平安遷都1200年祭に出演。
制作費は3,200万円。大工は松本房吉。彫師は日光兼光。人形は熊谷次郎直実。人形師は長野屋綱季。山車の長さは4.15m。幅は2.93m。屋根の高さは4.4m。全高9m。
見送り幕は下鉾が「桐に鳳凰と熊谷草、敦盛草」、上鉾が「直実公簡略一代記」。
重量は約4トン。

 初代は大正15年制作で現・佐谷田。当時銀座区は筑波区の一部で、独立の際に屋台をもらった。
弥生町区=大正15年(1926)創建。制作費は3,000円。大工は島野茂吉。彫師は内山良雲。
見送り幕は昭和59年新調、「松に鶴亀」。
屋台の長さは5m。幅は3m。屋根の高さは4.7m。重量は約6トン。

荒川区
=新調中。
=昭和22年(1947)同町区の大室木工所が作る。翌23年寄贈を受ける。彫師は福島某。
長さは4、52m。幅は2、88m。屋根の高さは4、65m。重量は約6トン。 
見送り幕は「横綱の土俵入り」。
 先代は昭和10年頃作の屋台で、伊勢町に譲渡。
子供神輿=荒川区内の見晴町に住んでいた故松村さんのご家族より寄贈。
荒川区の屋台庫に保管。

平成20年に屋台誕生60周年記念に上熊谷商店街で練ったが、ほとんどが飾付けのみ。

鎌倉町区
=昭和28年(1953)制作。3代目。本体60万円。大工は岡田屋(小林福三郎)。彫師は福島光治。
見送り幕は「松に火炎太鼓」。
屋台の長さは5m。幅は3、5m。屋根の高さは4、7m。重量は約5トン。 

 江戸期には狂言屋台を出していたかもしれない。
 初代?は山車で明治29年9月制作。明治42年7月に越生町黒岩町に115円で売却。 
 先代は屋台で大正5年に御大典の記念に制作。昭和20年8/14に戦災焼失。
子供神輿=平成9年3月吉日制作。若林松太郎(本石町)の作。

伊勢町区=昭和54年(1979)制作。大工は若松建設(若林松太郎)。彫師は神田洋三。
見送り幕は「額縁絵の龍」。
屋台の長さは3、85m。幅は2、5m。屋根の高さは4、4m。重量は約2トン。 

 初代は昭和20年代後半制作。新調につき桜町に売却。現・吹上町へ。

桜町区
=平成6年(1994)制作。制作費は1、500万円。大工は桜町の四分一作次郎。彫師は四分一昌宏。
見送り幕は「大樹の桜」。屋台の長さは4、61m。幅は2、5m。屋根の高さは4、6m。
 昭和54年伊勢町より小型屋台を譲渡を受け始まる。ただし、その台車はもともと桜町区にあったという説もある。この屋台は吹上町へ寄贈。
石原 八坂神社 7/20〜22
“うちわ祭り”
屋台2台 石原、本石
石原村は元々、上石原、中石原、下石原に分かれていた。(中仙道沿いで京都に近い方が上)。それぞれに山車があった。
行政の都合で1丁目、2丁目、3丁目(今度は東京側より1丁目、2丁目、3丁目となる)。
続いて上石原が石原。下石原が本石。中石原が石原と本石に分割された(本石の部分が大半)。
石原区(公式HPへ)⇒かつての加美町(上石原)。
=三輪御所車で四方唐破風屋根。昭和11年(1936)石原3丁目新調。制作費は3,300円。大工は渡谷豊吉(石原)。彫師は小林義雄。制作費は3千3百円。見送り幕は「鶴亀」。
屋台の長さは4、9m。幅は3、1m。屋根の高さは4、9m。重量は約6トン。 

 先代は群馬県鬼石町三杉町に売却。


本石区
(石原志茂町、1丁目)=昭和12年(1937)石原1丁目新調。制作費は2,100円。大工は大澤善太郎。彫師は内山良雲。
見送り幕は「唐獅子牡丹子落とし図」。
屋台の長さは5m。幅は3、6m。屋根の高さは4、95m。重量は約5トン。 

 初代は大正初期頃の作か?。新調につき群馬県鬼石町本町に売却。
 【屋台廃絶】
石原中町(2丁目)=制作年不詳。昭和20年8/14に戦災焼失。石原の赤城神社に残る屋台部品がこの屋台のものだと伝えられる。

文化町=昭和7年制作で、昭和12年に文化町が本石町に合併で処分された。現在は車輪がひとつ残るのみ。
この屋台は神社の祭礼に出るのではなく、町内の行事に曳行した。
高本562 高城神社 屋台廃絶  
熊谷の鎮守の高城神社の祭礼を盛り上げようと、昭和57年に祗園会が制作。熊谷市制50周年記念を兼ねて昭和58年高城神社祭礼に奉飾したが、翌59年籠原町に譲渡される。
佐谷田310 佐谷田神社     7月 屋台1台  
大正13〜15年制作。平成6年銀座区より購入。大工は島野茂吉、小林栄吉。 
新堀字諏訪前765 諏訪神社 7/19、20 神輿 天保10年制作
屋台2台 籠原町、籠原本町
籠原町=昭和57年に祗園会が制作し、59年に譲り受け新調に近い改修をする。

籠原本町=昭和32年制作。
美土里町 美土里町夏祭り” 7/下旬 屋台1台  
昭和60年制作。初代屋台は昭和47年頃の制作。
籠原三和自治会 “籠原西口夏祭り” 7/下旬 屋台1台 当初商工会と合同。昭和53年に屋台制作し分離。
籠原西口商工会 “籠原西口夏祭り” 7/下旬 屋台1台 昭和50年制作。
籠原団地 籠原団地夏祭り” 7/下旬 屋台1台  
籠原住宅自治会=平成6年制作。初代は昭和46年創建。
美土里町、拾六間籠原西口商工会籠原団地の4台は集まる。
東肥塚 “東肥塚夏祭り” 7月   屋台1台 昭和50年代に地元の人の手作り   
川原明戸  諏訪神社 屋台廃絶   
明治中期まで曳かれた。彫刻の一部が現存。秩父型屋台に近い屋台か?
屋台休止中=大麻生、上之A、箱田
 ◎旧・妻沼町
妻沼1627 妻沼聖天堂(聖天宮) 7/中旬 神輿
屋台廃絶  
昭和末期まで4台の屋台(池ノ上、錦町、上町、仲町)が出たが、神輿に代わる。現在は上町のみ部材が残る。
妻沼1480 大我井神社
妻沼台331 白山神社 7/20 子供神輿
男沼225 神明社 7/18 子供神輿
間々田字伊奈利台284 伊奈利神社
飯塚1431 飯塚太田神社 10/13 例祭
弥藤吾字氷川687 氷川大神社 7/7 神輿
上根588−1 上根神社 7/15 神輿 大小
善ヶ島197 善ヶ島神社 7/28 子供神輿
大野751 伊奈利神社
弁財174 厳島神社
葛和田591 神明社 7/4土日(元・27) 神輿1基
西野522 長井神社
西城 西城神社 7/28 神輿
上須戸838 八幡大神社 7/18 子供神輿
八ッ口922 日枝神社 7/20、21 神輿
日向4090 長井神社 8/17〜19 神輿
俵瀬489 伊奈利神社
 【めぬま祭り】
8/1土曜開催。神輿、夜店など。
 ◎旧・江南町
上新田227 諏訪神社 7/14頃の土日 屋台1台
板井718 出雲乃伊波比神社 7/14頃の土日 神輿
屋台1台
二代目。大正期に熊谷・鎌倉町より購入と伝えられるが、鎌倉町ではそのような言い伝えが無いが、熊谷型屋台であるので、仮説として鎌倉町が初代の屋台を越生町に売却し、次の二代目屋台を建造するまでのつなぎの当座の屋台ではと云われている。
 初代は江戸期後期の創建で張出舞台もあったと云われているが、明治末期に廃絶。
成沢346−1 津島神社(天王様) 7/24頃の土日 神輿
屋台1台
鹿島田 天王様 7/中旬土日 屋台1台
上新田 諏訪神社 8/4土日 屋台1台
押切 八幡神社 10/15 神輿
屋台1台
八坂神社(天王様) 7/15 屋台1台

 ≪深谷市≫
 平成18年(2006)1/1、深谷市+大里郡川本町、岡部町、花園町が合併。
 ◎旧・深谷市
 ■深谷地区
 【深谷まつり】
天和年間に深谷城城主上杉氏が、宿場の繁栄を願って三社天皇を祭祀した「八坂まつり」と「深谷上杉まつり」が合体して行われるまつり行事。中心日は、土曜日のみ。
まつりのメインは、深谷駅前での山車、屋台の引き廻し、叩き合い、喧嘩囃子の競演。
神輿パレード、深谷の踊り流し、YOSAKOIソーラン、ステージイベント(おまつり広場)など。
西島5−6−1 瀧宮神社(八坂神社) 7/最終金土日 山車2台 本住町、本町
屋台9台 西島、稲荷町、田所町、相生町、仲町、栄町、天神町、東大沼、西大沼
本住町⇒建造当時は琴平神社(現・富士精機)で解体保存されていた。昭和33年に智形神社境内に移設。
=明治36年(1903)10/25制作。人形は「神武天皇」。明治36年(1903)東京・浅草の「浪花屋」で制作。
制作費は852円10銭。
人形は「神武天皇(38歳)の御姿」。
高さは4.03m(一重)、5.2m(二重)、7.2m(人形)。
桁下は1.5m。屋根幅は2.5m。舞台幅は1.94m。舞台奥行は3、07m。
平成11年、(有)社寺建築戸部により修復。
囃子連は「本住町祇園会」。
本町=明治29年(1896)4月制作。当初は三つ車の組込み二重せりだしの構造だが、大正期に屋根を焼失で四つ車に改造。 
人形は「日本武尊」。横山友治郎の作。
以前は「楠木正成」。
高さは4.52m(一重)、5.6m(二重)、6.8m(人形)。
桁下は1.55m。屋根幅は2.65m。舞台幅は2.5m。屋根奥行は3、35m。
 平成7年(1995)にせり出し部分を手動で昇降出来る設備の新設と山車の塗装。請負は上州神輿製造業協同組合。制作費は430万円。
囃子連は「本町楠木会」。

 初代は明治初期に屋台で作られ、現在は虹梁のみ現存で平成7年より現・屋台の前面に取り付けられている。
西島町⇒屋台蔵は自治会館隣。
=昭和12年(1937)7/23制作。大工は町内の小宮一郎、新、とうちゃん。
彫師は玉井の小林義雄。塗装は岡田塗工所。
総高は4.8m。桁下は1.53m。屋根幅は3.1m。舞台幅は2.3m。

囃子連は「西島青年部」。
稲荷町=大正4年(1915)7月制作。
大工は町内の大谷千代三、大谷貞造、大谷豊次 の合作。
高さは4.8m。桁下は1.51m。屋根幅は3.5m。舞台奥行は4.65m。
囃子連は「稲荷町囃子連」。
 初代は明治初期創建で大型の踊り屋台。
相生町⇒屋台蔵は会所隣りにあり、全て解体して保管。
=明治18年(1885)7月制作。元は山車。
大きすぎたため大正初期に屋台に改造。
総高さは4.74m。奥行は3.55m。
囃子連は「相生町立街会」。
仲町⇒屋台蔵は昭和46年建造。以前は願誓寺の正面。
=大正15年(1926)7月制作。
大工は町内の鈴木工務店(鈴木彦一)。
彫師は本庄の彫師。
囃子連は「仲町青年部」。
 この屋台が完成するまでは。前橋より新田義貞の人形山車を借りていた。
 先代は新田義貞が由比ヶ浜に立つ姿の人形山車だったが、明治中期の火事で焼失。

栄町
(東大沼より独立)=平成6年7月制作。山車つくるべ会の作。囃子連は「栄町青年部」。
 先代は先代は平成4年制作で、西大沼へ。初代は昭和63年制作。

天神町=平成12年6/4制作。町内有志の作。囃子連は「天神町神祇衆」。
 初代は平成元年に自動車のシャーシを使って制作。

東大沼
=平成7年制作。(株)日本木工振興の作。囃子連は「東大沼東酔会」。
 以前はトラックの荷台に屋形を乗せて巡幸した。当時の屋形は今もあり。

西大沼=平成11年制作。
 初代は平成6年に栄町より購入。
 【2009年昼の深谷まつり参加神輿】
 ■神輿
・・・7基
西大沼、本町、相生町、栄町、東大沼、田所町、天神町
 ■子供神輿
相生町、田所町、天神町、本町、稲荷町、西島町、緑ヶ丘、田谷、東大沼、西大沼(2基)、萱場、錦町、宿根(3基)、上宿、常盤町、中宿・下宿・横町、南下郷・籠原、東方北部、東方西部、さんあい、国済寺東部、明戸大けやき会(2基)、深谷保育園、深谷西保育園、深谷国際交流協会、戸森団地
 ■明戸地区
新井535
諏訪神社 8月(七夕祭) 屋台1台
江原345 冨士神社 10/18 獅子舞
上増田260
諏訪山神社
宮ヶ谷戸181 住吉神社
沼尻160 熊谷神社
 ■幡羅地区
東方 八坂神社 7/28 神輿
東方1709−2 熊野大神社 山車休止中?
 ■大寄地区
内ヶ島650 熊野大神社
上敷免940 諏訪神社
大塚島1292 鹿島大神社
大塚島134 伊勢之宮神社
矢島1003 神明社
高畑1 鷲宮神社
戸森149 雷電神社
 ■藤沢地区
上野台3225−1 八幡神社 10/2金土日 屋台5台 鼠、大台、小台、上宿、下宿
屋台焼失 中宿
獅子舞
人見1404 浅間神社
折之口123 八幡神社
柏合801−1 八王子神社 4/11・10/17 獅子舞
大谷後上側951 桑名野神社
境81−2 玉津島神社
樫合646−2 常世岐姫神社
 ■豊里地区
中瀬650 中瀬神社(八坂様) 7/最終土日 屋台4台 前川原、川岸、上中瀬、延命地
前川原=明治初期の作と伝わる。

川岸
=江戸末期制作。前後破風付四輪御所車造。彩色漆塗。総高5、3m。間口2、25m。奥行3、79m。棟4、5m。桁下3m。
彫物は天の岩戸(表)龍、鳳凰(裏)。


上中瀬
=江戸末期制作。前後破風付四輪御所車造。彩色漆塗。総高5、3m。間口2、27m。奥行3、8m。棟4、6m。桁下3、15m。
彫物は牡丹、唐獅子(表)鶴、亀(裏)の彫刻。

延命地=江戸末期制作。前後破風付四輪御所車造。彩色漆塗。総高5、25m。間口2、27m。奥行3、78m。棟4、5m。桁下3、15m。
彫物は素鳴尊大蛇退治(表)天狗、牛若丸(裏)の彫刻。
新戒300 古櫃神社 7/25 神輿
新戒字西口1562 御嶽大神社
成塚208 御嶽神社
上手計字聖天216 二柱神社(八坂様) 7/25 神輿
下手計145 鹿島神社
下手計1143 鹿島神社
大塚263−1 諏訪大神社 10/17 獅子舞
血洗島117 諏訪神社 10/2土日 獅子舞
町田字八幡前146 八幡神社 獅子舞休止中
横瀬字上立帰1358 横瀬神社
横瀬字伊勢山337 伊勢大神社
北阿賀野字西郭1 稲荷神社
南阿賀野275 葦原大神社 10/19 獅子舞
 ◎旧・川本町
田中612−2 知形神社 7/15 神輿 知形囃子
菅沼480 菅沼天神社 2/25 的場の儀
明戸113 八幡神社 10/下旬 手作り子供神輿
手作り流鏑馬
上原214 白鬚神社
瀬山398−1 八幡神社 10/連休 屋台1台 明治初期の作
屋台瀬山屋台囃子保存会)=江戸末期の作。
本田2025 八坂神社 7/15 神輿
本田138 八幡神社
畠山942 井椋神社
 ◎旧・岡部町
岡3227 岡廼宮神社
(天王様)
7/連休土日 屋台2台 岡上、岡下 
11/2、3 獅子舞
江戸末期創建と思われ、岡上は岡3227、岡下は岡3354に保管。
岡3354 島護産泰神社 4/10 里神楽
11/3 獅子舞
岡2953 熊野神社 2/初午・11/3 里神楽
岡1685 寅稲荷神社 11/3 獅子舞
普済寺903 厳島神社
普済寺919 菅原神社
榛沢新田975 二柱大神社 4/11・10/17 里神楽
榛沢486 大寄八幡神社
後榛沢字侭下851 八幡大神社
針ヶ谷272 針ヶ谷八幡神社 10/14、15 里神楽
今泉51 浅間神社
本郷1523−1 藤田神社 7/25・10/15 ササラ獅子
山河1032 伊奈利大神社 4/10・10/15 例祭
 ◎旧・花園町
小前田1 小前田諏訪神社 10/上旬
(元・15)
神輿1基   
屋台3台 上町、中町、下町
笠鉾廃絶 西ノ階戸
小前田諏訪神社の祭屋台は秩父夜祭の影響を受けていて、3台とも道の駅はなぞの(小前田458−1)に展示保管されている。
上町=明治10年(1878)制作。大工は藤井作之助。 彫師は弥勒寺音八、諸貫万五郎。幅4、25m。長さ5、5m。高さ5、3m。
回転はジャッキ式。前鬼板は「素盞鳴尊 八岐大蛇退治」。後鬼板は「林和靖と唐子」。

中町=明治4年(1872)制作。大工は秩父の山田村の荒本和市。彫師は不詳。幅4m。長さ5、4m。高さ5、9m。
回転は車台回転式。前鬼板は「目貫龍」。後鬼板は「応婦人」。

下町
=明治元年(1868)制作。大工は不詳だが、造りより荒木和市と云われている。彫師は熊谷・川原明戸の飯田岩次郎。
幅4、23m。長さ6m。高さ5、45m。

回転は車台回転式前鬼板は「目貫龍と龍」。後鬼板は「獅子に牡丹」。
西ノ階戸=三層花笠の寄居型笠鉾。明治中期に制作されるが大正末期に休止となり昭和初期に鬼石町仲町に売却される。
荒川985 荒川神社
黒田1497 豊栄神社 10/連休 ささら獅子舞
永田664 八幡神社 4/15頃の土日 永田神代神楽
原宿(武蔵野1862) 八幡神社 7/20頃の土日 神輿
10/14頃の週末 伊勢音頭
武蔵野277−3 十二社神社
武蔵野3283 足高神社

 ≪大里郡≫
 寄居町(寄居のお祭HPへ)
寄居玉淀 水天宮 8/1土曜(元・5) 舟山車5隻 旧・五町より出る(山車のある町)
藤田299−2 宗像神社 11/1土日 神輿 あり
山車5台 茅町、武町、栄町、本町、中町=旧・五町
笠鉾2台 宮本(六供ともいう) 、常木
笠鉾休止 花町
江戸期より続いていた寄居秋祭り(踊り屋台、山車、笠鉾)であるが、明治17年の寄居の大火によりみな灰燼に帰した。大火後寄居の5ヶ町は共同で中古の山車を5台まとめて購入し、それを改修して現在の山車を完成した。祭が以前のように復興したのは明治20年代後半と云われる。なお、中古山車の購入先は川越とも、東京ともいわれるが不明である。
 人形は電線架設後は乗せずに曳いている。
茅町⇒山車蔵は会館に併設。会館の住所は寄居460−5。建造は昭和初期。以前は解体して収納。
=どこからか中古の山車を購入し改修して完成したもの。購入時、その山車は水路に落ちて半壊状態だったという。土台は現在三輪だが、大正末までは二輪だった。
 人形は「諌鼓鶏」で、付祭り(日曜)の際に露盤の上に飾られる。
明治15年に東京神田鍛治町で人形師の中西重蔵の作。
 彫師は後藤功祐が請負し、実際は後の宮内庁専属御用彫師となる上州新田郡尾島村(現・群馬県太田市)の石原介之助(後に養子に入り高沢改之助となる)により明治12年に作られた。
欄間:「雲に鶴」。蹴込:「雲に唐獅子」。腰支輪:前は「波に飛龍」、後ろは「波に龍」、側面は「波に千鳥」。土台外柱:「獅子の子落とし」。外柱上木鼻:「唐獅子」。
 四方幕は「緋羅紗に鳳凰の刺繍」。腰幕は「緋羅紗」。

 明治初年巡行中に転覆事故を起こし大破した。その破損した部分を修復したのが現・山車である。
また一説による江戸期には踊屋台、山車、笠鉾等を出していたが、と大火で焼失。わずかに踊屋台の一部分だけが焼け残り、極彩色の彫物が保存されていたが、明治末に処分された。
武町=大火後にどこからか中古の山車を購入し改修して明治25年頃に完成したもの。土台は現在三輪だが、大正末までは二輪だった。
 人形は「野猿」。近年まで処分されていたと思われていたが、平成16年に以前使用されていた蔵からお頭等が発見され、平成17年(2004)川崎人形店にて修復。翌18年(2005)、約80年ぶりに山車最上部に飾られた。
欄間は「雲に鳳凰」。蹴込は「波に飛龍」。持送り:上段は「雲に飛龍」、下段は「雲」。腰支輪:「雲に龍」。勾欄:「雲に龍巻きつき」。外柱上木鼻:「龍」。
 六方幕は「緋羅紗に蝶と蕪の刺繍」。腰幕は「緋羅紗に龍の刺繍」。
 江戸期には踊屋台、山車、笠鉾等を出していた。
栄町⇒山車蔵は会館に併設。会館の住所は寄居612。
=大火後にどこからか中古の山車を購入し改修して明治20年代に完成したもの。土台は現在三輪だが、大正末までは二輪だった。
 人形は「関羽」を乗せずに榊で代用していたが、平成18年(2005)に町内の有志により胴が手作りされ約80年ぶりに山車最上部に飾られた。
 台座欄間:「牡丹に唐草」。欄間は「雲に鶴」。蹴込は「波」。上段提灯掛け:前後は「飛龍」、左右は「龍」。持送りは「雲」。腰支輪は「牡丹に唐獅子」。外柱上木鼻:「牡丹に唐獅子」。組物木鼻:前後左右は「唐獅子」、隅行:「獏」。
 六方幕は「緋羅紗に鶴の刺繍」。腰幕は「緋羅紗に亀の刺繍」。
 江戸期には踊屋台、山車、笠鉾等を出していた。
本町=大火後にどこからか中古の山車を購入し改修して明治20年代に完成したもの。土台は現在三輪だが、大正末までは二輪だった。
 人形は「神武天皇」が乗っていたと伝わる。
 台座欄間:「龍」。上段提灯掛け:「龍」。持送り:上段は「龍」、下段は「雲」。勾欄:「龍巻きつき」、腰支輪:「波に飛龍」。外柱上木鼻:「波」。
 水引幕は「緋」。腰幕は「緋羅紗に亀の刺繍」。
 江戸期には踊屋台、山車、笠鉾等を出していた。
中町⇒山車蔵は会館に併設。会館の住所は寄居920−1。
安政6年(1859)再建。土台は現在三輪だが、大正末までは二輪だった。
人形は「猩々」。お頭、衣裳等が保管され修復が待たれる。
 三味線胴:前後は「雲に龍」、側面は「牡丹と宝珠に唐草」。
持送り:上段は「雲」、下段は「波」。腰支輪:前は「桐に鳳凰」、後ろは「雲に麒麟」、右は「朱雀に白虎」。左は「玄武に青龍」。
外柱上木鼻:前後は「唐獅子」、左右は「牡丹」。
胴幕は「緋羅紗に桐と鳳凰の刺繍」。腰幕は「緋羅紗に海の幸の刺繍」。水引幕は「緋羅紗に酒壺と松の刺繍」。
 先代は嘉永4年(1851)の大火で焼失。
六供(宮本ともいう) ⇒山車蔵は会館に併設。会館の住所は大字藤田229。
=明治中頃完成。電線架設以前はもっと高さがあったと伝わる。
 蹴込:「波」。持送り:上段は「雲に龍」、下段は「波」。腰支輪:前後は「波に龍」、側面は「波に飛龍」。外柱上木鼻は「唐獅子」。組物木鼻:前後は「牡丹」、側面は「唐獅子」。
 水引幕は「緋」。腰幕は「緋羅紗」。
 江戸期より笠鉾は出していた。
常木⇒山車蔵は会館に併設。会館の住所は寄居1662−1。
=明治中頃完成。かつては三層の笠が載る山笠と伝わる。
蹴込は「牡丹に唐獅子」。持送り:上段は「飛龍」、下段は「牡丹」。腰支輪は「雲に龍」。側面中央組物下は「鳳凰」。外柱上木鼻:前は「亀」、後ろは「唐獅子」。組物木鼻:前後は「唐獅子」、側面は「雲」、隅行は「龍」。
 水引幕は「緋」。腰幕は「緋羅紗に波と千鳥の刺繍」。
 江戸期より笠鉾は出していた。
花町=平成元年に町内の人たちによる手作りで制作。欄間:上段は「文字を入れる」、下段は彫物で「松に鷹」。今は出ていない。
 江戸期には踊屋台、山車、笠鉾等を出していたが、大火後に他町のように山車が再建されることもなく、わずかに残った部品(台座、車、人形の衣装等)も昭和40年頃に処分される。
鉢形1168 八幡神社 10/中旬 笠鉾2台 関山、内宿
関山=寄居型笠鉾。明治中期創建と思われる。土台は大正末期までは二輪だったが現在は三輪である。
欄間:「雲に鶴」。蹴込:「牡丹に唐獅子」。持送り:上段は「龍」、下段は「牡丹」。腰支輪:「波に龍」。外柱上木鼻:「龍」。組物木鼻:「唐獅子」。

内宿=寄居型笠鉾。明治中期創建と思われる。土台は大正末期までは二輪だったが現在は三輪である。
蹴込:「松に鶴」。持送り:「松に鶴」。腰支輪:「波に飛龍」。外柱上木鼻:「唐獅子」。組物木鼻:「唐獅子」。
桜沢3827 八幡大神社 10/3土日 獅子舞
用土2857 貴船神社 10/19 獅子舞
赤浜 八坂神社 7/下旬 神輿 大小
露梨子160 春日神社 7/21、22 神輿
牟礼460 熊野神社 7/25 神輿
滝の上(折原615) 佐太彦神社 7/20 神輿
宮原(折原469) 八坂神社 7/21 子供神輿
末野651−2 末野神社 7/20 子供神輿
立原2701 諏訪神社 9/26〜28 神輿
保田原18−1 破羅伊門神社 7/21、22 神輿 大小

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