≪入間地方≫

     坂戸市、飯能市、鶴ヶ島市、入間市、所沢市、狭山市、日高市、富士見市、ふじみ野市、入間郡

住所  神社名 祭礼日 内容 備考
 ≪坂戸市≫
日ノ出町7−26 坂戸神社(天王様) 7/15頃の土日 神輿
屋台4台、山車1台 1丁目、2丁目、3丁目、4丁目、粟生田
1丁目=昭和37年頃、浅草の宮本卯之助商店より購入。3代目。
 往古は明治30年頃に、川越市江戸町(現・大手町)より1,2丁目合同で購入。
二重鉾で人形は「鎮西八郎為朝」だった。大正天皇御大典には曳かれたが、老朽化と電線架設のため曳かれなくなった。
頭部と弓は坂戸神社に保管され、頭部は祭礼時に展示。
 2代目は昭和3年購入。

2丁目
=昭和3年(1928)、町内の大工の安西利一の作。制作費は400円。
車台は1丁目と合同の先代山車を流用。

3丁目
=昭和3年(1928)、町内の大工の作。
 往古、川越より購入の鉾型の山車があったと云われている。
しかしこの山車は南町(現・幸町)か、本町(現・元町1丁目)、それともそれ以外か不詳である。
当時は4丁目と合同で曳いていたが、大正初期には出なくなり、4丁目に譲渡した。

4丁目=昭和3年(1928)、町内の大工の作。

粟生田
=昭和52年(1977)7/10、お披露目。地元有志の作。
紺屋601 白髭神社 7/15頃の土日 屋台1台 飾り付け  
明治40年、川島町角泉の遠山喜十郎の作。
横沼346 白髭神社 7/15頃の土日 屋台1台 飾り付け  
四ッ車。廻り舞台。大正期の作。平成5年頃に屋根を葺き替え。
島田722−3 天神社(天王様) 7/中旬 神輿
屋台1台 昭和53年制作。  
塚越254 八坂神社 7/4日曜 屋台2台      
大は大正初期の作。子供は平成10年頃の制作。
武蔵城山 屋台1台 平成3年、地元有志の作。
戸口452 東入西神社 7/10 太鼓屋台 獅子
山車廃絶 現在はトラックの荷台に屋台を組んで演奏している。

 ≪飯能市≫
  平成17年(2005)1/1、飯能市+入間郡名栗村が合併。
“飯能まつり連合会”主催 11/1土曜 底抜け屋台12台 一丁目、二丁目、三丁目、宮本町、柳原、中山、双柳 河原町、原町、前田、本郷、中藤  
11/1日曜 山車4台 河原町、原町、前田、本郷
屋台8台 一丁目A、二丁目、三丁目、宮本町、柳原、中山、双柳
 【底抜け屋台】
一丁目=昭和25年(1950)に市川多十、矢島吉三らによって制作。

二丁目=昭和25年(1950)に前田の建喜代が制作。

三丁目
=平成15年(2003)制作。
 初代は昭和11年作。
 二代目は昭和23年に森田富造が制作。欄間は浜名木工所が制作。

宮本町
=平成8年頃制作。
 先代は昭和24年制作。

柳原=平成2年(1990)10月制作。
 初代は昭和21年に内沼一三の制作で、その後に網を貼って鳩小屋になったそうで、現存せず。
 先代は昭和24年制作。

中山=平成18年(2004)制作。
 先代は昭和49年(1974)古谷工務店で制作。屋根は平成2年に取り付け。

双柳
=昭和35年(1960)に地元の鈴木正作の制作。明治中頃作のもあった。

河原町=昭和42年(1967)制作。初代は昭和21年作。

原町
=昭和56年(1981)制作。幅1、6m。長さ2、85m。高さ2、48m。
 大正期は「ヨンテコ」と呼ばれ4人で担いで移動した。
 先々代は昭和10年制作。
 先代は昭和20年制作で、新調に伴い本郷囃子連に譲る。

前田
=昭和55年(1980)制作。先代は昭和22年制作。

本郷=昭和56年(1981)に原町より購入。昭和20年制作。
 先代は昭和21年に椙田文次郎の制作。

中藤=昭和59年制作。 
 【山車】
河原町=明治10年代に東京市浅草区茅町山車屋「浪花屋」にて静岡浅間神社祭礼用に制作。
明治27年に町内の有志がお伊勢参りの時に発見。静岡市内より100円で購入。人馬で曳いて半月かけて飯能まで持って帰る。人形は素盞鳴命。幕は「素盞鳴尊 八岐大蛇退治」。

原町
⇒現在の仲町、八幡町などが該当する。
=明治15年(1882)制作。町内の松本重助・寅八の作。
最初は御幣を乗せたが、明治24年に三代目法橋原舟月作の神武天皇の人形を乗せる。昭和55年に改修で入母屋造りの屋根を乗せる。

前田
⇒現在の柳町、東町、新町、八幡町などが該当する。
=昭和22年(1947)9/26の祭礼でお披露目。川越市笠幡の旧家より購入した彫刻がベース。諌鼓鳥。
彫物には、明治4年6月、当村長永名主家發地四等源光正寄進之」と刻まれている。


本郷=平成19年(2007)10/7、新調入魂式。ヒノキ作りの屋台型。
本郷地区の出身で飯能市で建設会社などを営む細田伴次郎氏(70)が製作し、自治会に寄贈。
高さ4、65メートル。幅2、065m。長さ4、095m。重さ2トン。
彫物は懸魚:「唐草」。鬼板:「双龍」。柱巻:「昇龍、降龍」。脇障子:「唐獅子牡丹」。持送り:「唐獅子牡丹、鯉、鶴」。
 明治期に作られた以前の山車は昭和30年(1955)老朽化で処分。
 【屋台】
一丁目⇒現在の南町、仲町、柳町、稲荷町、本町などが該当する。鎮守の久下稲荷神社の初午祈願祭(2/11)にも出る。
=大正9年(1920)新調。大工は高麗村横手(現・日高市)の岡野桂之助、町内の奈良久次郎、矢島助二郎、矢島留吉、清水勝五郎、栗原徳次郎ら。
廻り舞台は昭和6年の横転事故のため、昭和9年(1934)に改造。大工は矢島留吉、高室品造。改造以来廻り舞台は使っていなかったが、平成13年の改修後、使用を再開した。
 後輪は平成2年、浅草の南部五郎衛門商店によって新調。
後幕は平成5年、「宇迦之御魂命」。
 先代は双柳より購入。
 若山車(中山車ともいう)は昭和25年、当町の市川多十、矢島吉三らによって制作。
平成16年、当町の八島工務店により屋根を改修。

二丁目
⇒江戸期は中宿と呼ばれる飯能宿の中心地。
=明治4年(1915)砂川村(現・立川市)五番組が制作。彫師は後藤派。
大正9年(1920)12/15に代金400円。他に酒料として50円。合わせて450円で購入。

三丁目
⇒現在の山手町、仲町、稲荷、久下などが該当する。鎮守の三座稲荷神社の初午祈願祭(2/11)にも出る。
=明治中期に多摩地区より購入。八王子型の人形山車(加藤清正)だったが、
御大典に合せ大正4年に平屋台にした。大工は清水佐吉。
平成6年修復。柱などを新調した。

宮本町
⇒現在の山手町、本町、八幡町などが該当する。
=廻り舞台付き屋台型山車。大正14年制作。大工は高麗村横手(現・日高市)の岡野桂之助。彫師は八王子の佐藤光重。錺師は町内の小澤秀吉。制作費は3、664円。
見送り幕は平成2年、「唐獅子、牡丹」。
 先代は砂川二番より購入。大正14年頃に日高市上鹿山に売却。

柳原⇒現在の川寺、笠縫などが該当する。
=昭和22年、当町の棟梁荒木文吉、島田仁三が制作した。屋台蔵は鎮守の神明社内。
柱巻きは「昇龍、降龍」。
見送り幕は「唐獅子の刺繍」。
 昭和15年、皇紀2600年の祝典に、大太鼓を東神森稲荷より借りてリヤカ−に太鼓を乗せたのが始まり。

中山⇒鎮守は吾妻天満宮。3/25の例祭には、宵宮の夕方に底抜け屋台の曳行。屋台のお囃子などが行なわれる。
=昭和53年(1978)3月創建。経費は約1,600万円で中山大工組合の作。地元の宮大工本橋初夫の設計。入間市野田の山車を参孝にしたと云われる。彫師は南部座一。
 それ以前は居囃子。

双柳(なみやなぎ)⇒鎮守の双柳稲荷神社の初午祭(2/中旬)にも出る。
平成3年(1991)新調。富山・井波の大工、山崎健一。彫師は西村一雪。
 古い大太鼓を修理した際、胴の内側に天保11年(1840)の墨書きがあったが、これは雨乞いの神事として使われたと思われる。
 先々代か三先代が一丁目へ。

 先代は所沢市林へ。
諏訪神社氏地は旧・五ヶ町のみで近隣町も含め“飯能まつり”として行う。なお宮入りは警察の許可が出ず平成9年頃よりしていない。
下畑 畑神社 4/1日曜 山車1台
上直竹 富士浅間神社 7/27 山車1台  
山車=明治初期は盛留付きだったが、大正6年に廃止され、板屋根に改造し、象の鼻を取替えた。
下直竹175 八阪神社 7/15頃の日曜 屋台1台 地元の大工の作。明治15年?の作。
中藤中郷 底抜け屋台 昭和59年12月制作
坂石町分 白髭神社 10/連休 山車2台あった 昭和16年まで曳いていたが、戦争で中止。その後は未調査。
間野 屋台1台 休止中
明治初期、地元の大工の作。大正6年、盛留をはずして山車とする。平成10年頃までは曳いていた。
正丸 八坂神社      笠鉾1台 休止中
明治27年頃に横瀬町芦ヶ久保の大工の作か?昭和37年より休止となる。
 ◎旧・名栗村
下名栗字中西 下名栗諏訪神社 8/25頃の土日 獅子舞 県指定無形民俗文化財
天保14年(1843)に上成木大沢入村(現・青梅市成木の高水山)から伝わる。
上名栗字宮の平 星宮神社 9/最終日曜 獅子舞 市指定無形民俗文化財
上名栗字宮の平諏訪 上名栗諏訪神社 4/25頃の日曜 獅子舞 旧・7、8、9区鎮守。星宮神社獅子舞保存会が行う。
人見(上名栗字桧渕) 桧渕諏訪神社 8/17以降の日曜 獅子舞 市指定無形民俗文化財
人見(旧・12区鎮守)。獅子舞は嘉永2年(1849)に上名栗の星の宮神社から伝授されたと伝えられ、獅子頭を保管する箱には「嘉永元年七月初メ 人見浅見屋市五郎造之」とあり伝承を裏付けている。

 ≪鶴ヶ島市≫
太田ヶ谷617−1 高徳神社 氏子は太田ヶ谷、三ツ谷、藤金、上広谷、五味ヶ谷
上新田104 日枝神社
脚折町6−10 白鬚神社
下新田428 稲荷神社
高倉36 高倉日枝神社 11/3 ささら獅子舞
昭和53年までは毎年11/8、9、10が例祭日だった。8日は予行で、9日は祭典当日で、10日は村廻りをしていた。
現在は11/2:13時過ぎに高倉日枝神社を出発し、稲荷神社、高福寺跡で舞が行われる。
11/3:13時に高倉日枝神社において舞が行われる。
中新田180 神明社
上広谷一区=昭和56年に地元の大久保組で製作された山車(屋台)を寄付。
屋台型の山車で四つ車。唐破風付き屋根を持つ囃子台に廻り舞台を擁する。梶は無い。
台車部分の力桁には時間を掛けて寝かせた、神社の御神木が使われているという。平成13年まで川越市新富町一丁目に貸し出され、川越まつりで曳行されていた。その関係から囃子手は新富町一丁目、榎会囃子連が担当する。

 ≪入間市≫
 ■豊岡地区
   ⇒扇町屋、黒須、高倉、善蔵新田
豊岡3−7−32 愛宕神社 4/25頃の土日 屋台6台 志茂町(3台)、賀美町、奈賀町
 各2台
神輿売却 明治初年までは渡御あったが、売却した
志茂町=市指定有形民俗文化財。
昭和29年4月、越生町仲町から購入。天保7年(1836)9月、川越市志義町(現・仲町)新調。
明治30年代に関根松五郎により大改修。囃子台を回転式へ。舵棒、車輪、扁額等を新調。
幅2、5m。長さ6、2m。高さ4、8m。

賀美町=終戦後購入。

奈賀町(扇町屋第2区)=?。
 先代は仏子⇒奈賀町⇒狭山市下諏訪(入間川3丁目)⇒入間市坊。
春日町1−6−1(黒須) 春日神社 10/3土日 例祭
高倉4−4−7 氷川神社(天王様) 7/最終土日 獅子
屋台1台
 ■金子地区
   ⇒上谷ヶ貫、下谷ヶ貫、寺竹、西三ッ木、南峯、木蓮寺、花ノ木、中神、根岸
上谷ヶ貫699 八幡神社 10/1日曜 獅子舞
下谷ヶ貫9 神明神社 7/15 神輿
寺竹852 白鬚神社 7/20頃の土日 例祭
西三ッ木23 金子神社 4/最終土日 神輿 平成21年、3月修復
山車2台
大山車=明治中期に狭山市笹井り購入し、車輪を蓮花院(入間市春日町)で借用した。
昭和初期から中期にかけては居囃子となり山車の車輪を取り外し基礎の部分に大型の臼を置いた。
昭和40年代に土台部分のみトラックのシャーシーに造り替えた。
小山車(ヤグラ)=昭和40年代制作。シャシーは鉄骨作りでその上にヤグラが組まれている。
元々は村の若い衆が担ぐ「担ぎヤグラ」と称されていた。
木蓮寺878 桂川神社 10/15頃の土日 屋台1台
花ノ木16 山祇神社
中神345 三輪神社
根岸446 稲荷神社
 ■宮寺・二本木地区
宮寺1 出雲祝神社 9/29 山車
坊囃子連=唐破風付きの屋根を持つ南高麗型の山車。平成23年末に狭山市下諏訪の山車を譲渡され、平成24年にお披露目。
入間市新久の大工の作。仏子⇒入間市奈賀町⇒狭山市下諏訪⇒入間市坊。

 往古は屋台あり。
その後はトラックに太鼓を載せてのせて地区内をまわった。
平成10年頃に製作された掛け屋台と平成20年に東京都瑞穂町高根の祇園屋台を参考に地元の大工の手で屋台を製作。底抜け屋台のように歩いて演奏が行われていた。
二本木230 二本木神社 4・10/15頃の土日 山車1台

 ■藤沢地区
   ⇒上藤沢、下藤沢
上藤沢642 神明神社 7/海の日 子供神輿
下藤沢801 熊野神社 10/3日曜 例祭
 ■東金子地区
   ⇒小谷田(こやた)、新久(あらく)
小谷田1474 氷川神社
新久948 八坂神社(天王様) 7/22頃の土日 神輿
屋台2台
 ■西武地区
   ⇒新光(しんこう)、野田(のだ)、仏子(ぶし)
新光 八坂神社 7/最終土日 屋台1台   
昭和61年頃、毛呂山町本郷より購入。元は昭和29年頃、越生町仲町より購入。
野田562−1 白髭神社 7/2土日 神輿1基 あり
屋台3台
野田青和会=昭和35年、屋台型の山車制作。地元の諸井福重の作。彫師は東京都向島の西田光次。
廻り舞台を擁し、前面の左右木鼻に龍の彫刻があるのが特徴。最近では境内に飾り置かれている。
 町内を近年製作の屋台と底抜け屋台(櫓)で地区内を廻る。
屋台は、地元の諸井福治の作。底抜け屋台(櫓)は中村重雄の作。

 往古は明治期製作の素盞鳴尊を乗せた人形山車があったが、昭和30年頃に人形を残して青梅市黒沢へ譲渡。
二本木 二本木神社 10/15頃の土日 山車1台 昭和63年創建
仏子942 八坂神社(天王様) 10/3土日 神輿 あり
山車1台 昭和初期東京深川より購入
屋台2台 平成3年購入
屋台=昭和初期(12年か?)制作。大工は諸井福重。
彫師は池田信之。東京深川より材料を購入し制作。

 先代は新調につき、豊岡奈賀町に譲った。狭山市下諏訪⇒入間市坊。

小型屋台、太鼓やぐらもあり。

 ≪所沢市≫
宮本町1−2−4 神明社 10/連休の土日 屋台12台(毎年10台程出る) 本町、御幸町、金山町、元町東、有楽町、星の宮、新井町、寿町、宮本町、日東[日吉町・東町]、旭町、西所沢
本町=明治6年制作か?。甲田了作の作。盛留は「加藤清正」。彫物は右柱は「降龍」、左柱は「昇龍」。欄間は「五頭の龍など」。制作費は600円。

御幸町
=市指定文化財。明治6年9月制作。明治43年12/1瑞穂町石畑村下組より購入。新調先は八王子か砂川。人形師は三代目原舟月。盛留は「関羽と周倉」。大体5年毎の神明社大祭に盛留を上げる。

金山町=昭和55年(1980)制作。大工は町内の本橋吉蔵。彫物は先代のを利用。制作費は2、200万円。
囃子連は金山町囃子連(重松流)。
 先代は古くより使われていたが、老朽化のため昭和50年の祭礼には東村山市野口町の山車を借りるようになり、新調に踏み切った。

元町東=市指定文化財。昭和3年(1928)制作。青山伊助の作。盛留は「日本武尊」。制作費は3、000円。

有楽町市指定文化財。明治初期の作。砂川村から深井伝右衛門が買い町内に寄贈。後藤徳蔵の作。
彫物は右柱は「降龍」、左柱は「昇龍」。破風は「龍宮」。

星の宮
=廻り舞台。昭和57年(1982)制作。本橋吉蔵の作。制作費は1、500万円。
 市制30周年で、住吉の屋台を借りたのが嚆矢。

新井町
=明治16年制作と思われる。大工は鈴木三蔵。彫師は甲田了作。
雨乞いのために曳き手がアマガエルの扮装をして曳き回したところ、夕立がきたといわれ「雨乞いだし」の異名がある。

寿町⇒山車小屋は昭和59年4月寿町会館横に移築。
山車小屋は、昭和22年までは小沢弁吉さん宅(寿町16−7)奥の現在のお稲荷様の北側に土蔵があって、その中に分解、解体し収納していた。その後、所沢小学校運動場の東側、平岩研作氏の土地を山車小屋として利用。
=昭和23年(1948)12月制作。大工は吉沢宗吉、田中武。車大工は駅前の石井氏。
彫刻、土台、屋根の一部は旧山車を利用。盛留は「神武天皇」。制作費は10万円。
 先代は弘化4年(1847)作。当時は下仲町と称した。人形は「神武天皇」。
現存する部品は獅子の彫物一対が内田春作氏の玄関に保存。盛留の欄干が寿町会館に保存されている。
昭和22年5月3日新憲法施行式典時は砂川(現立川市)より山車を借りてきた。

宮本町=昭和初期制作。青山与助の作。明治以前よりあった先代の部材を多く利用。鉦は天保年間の作。

日東[日吉町・東町]=昭和30年、20万円かけ制作。ただし台座は先代のを利用。二上良作、井上薫牧野正一荒井喜一郎らの作。

旭町(日吉町より独立)
=昭和3年創建。大工は地元の鈴木鉄蔵他5名。


西所沢=平成12年(2000)8月制作。高橋邑吉、北沢一京の作。制作費は3、500万円。
 初代は昭和23年創建。
有楽町 八雲神社 7/3土日 屋台1台 神明社に出た山車が出る
和ヶ原 山車1台  
八坂社(天王様) 7/下旬 山車1台 飯能市双柳より購入 
北秋津367 日月神社(天王様) 7/14、15 神輿2基
小型屋台      
荒幡748 浅間神社 山車1台  
中富1507 神明社
下富 八雲神社 7/31、8/1 山車1台     
亀ヶ谷543 亀谷神社(天王様) 7/15 神輿 獅子
城537 城山神社(天王様) 7/27 子供神輿
北野2349 藤森稲荷神社
北野703 北野天神社
山口1850 中氷川神社
上山口436 天満天神社
上新井549−1 六所神社
下新井1360 櫻木神社
西新井町17−33 熊野神社
三ヶ島1−212 八幡神社
三ヶ島5−1691−1 中氷川神社
堀之内1697−1 三ヶ島中氷川神社
南永井406 八幡神社
本郷676 氷川神社
林1−383 林神社
日比田338 氷川神社
坂之下64 天神社
糀谷78 八幡神社
東狭山ヶ丘5−2759−2−3 熊野神社
久米2429 八幡神社
牛沼410 神明神社
小手指元町3−28−29 北野天神社
小手指南1−17−21 諏訪神社
下安松486−1 安松神社

 ≪狭山市≫
 ■入間川地区
入間川2−21−25 天満天神社(天王様) 7/15頃の日曜 屋台1台 旧・菅原地区
人形の乗った鉾型の山車を日高市方面より購入。明治4年頃の作らしい。昭和29年、屋台タイプに改造。
入間川3−6−14 清水八幡神社 5/2土日 屋台1台 旧・下諏訪地区
四ッ車。唐破風の屋根。昭和59年、入間市奈賀町より購入。制作年不詳。
入間川4−2−41(入間川) 諏訪神社 8/4土日 ナスの神輿
お諏訪さまのなすとっかえが行われ、とてもめずらしいナスのお神輿が担がれ住民の厄除けを祈願。
 以前は若者たちによる草相撲の奉納があったが現在は休止。
宮地 小型屋台  
平成8年、地元の大工の作。以前は底抜け屋台だったので、演奏の時は板をはめるが、曳き回しの時は板をはずす。
鵜ノ木12 鵜ノ木愛宕神社 屋台1台  
四ッ車。唐破風の屋根。昭和28年、地元の大工の作。往古は底抜け屋台。
入間川1117−1(沢) 沢八坂神社 神輿休止 明治期は担いでいたが、伝染病が流行して以来担いでいない
 ■入曽地区
    ⇒南入曽、北入曽、水野
南入曽641 入間野神社 10/中旬 獅子舞
北入曽274−1 野々宮神社 春・秋 入曽囃子
 ■堀兼地区
    ⇒堀兼、青柳、加佐志(かざし)、東三ッ木、上赤坂、中新田
堀兼2220−1 堀兼神社 4/15 例祭 囃子奉納
7/中旬 神輿(大小)
青柳475 氷川神社 4/15 例祭 宵宮に青中囃子奉納
加佐志174 羽黒神社 7/中旬 例祭 数珠くり中止
中新田157 中新田愛宕神社
 ■奥富地区
    ⇒上奥富、下奥富、柏原新田
上奥富508 梅宮神社 2/10、11 西方囃子
子供樽みこし
下奥富596−1 八雲神社 7/14、15 西方囃子
山車1台
明治3年、山車新調。昭和25年が最後の曳行。その後、休止。
西方囃子=江戸神田囃子の流れをくむ神田徳丸の流技を持ち、江戸時代に入曽村の入曽囃子から伝わったと言われている。
 明治から大正にかけては川越祭で久保町の山車に乗って囃子を奉納し、また、明治3年には西方囃子の山車を建造し、戦前戦後を通じて入間川の天満宮、不動尊の祭りに山車とともに参加し、隣村の青柳、加佐志の地蔵様、入間郡越生の祭りなどにも参加し、現在も保管。
 ■柏原(かしわばら)地区
柏原1153 白鬚神社(八坂神社) 7/15頃の日曜 屋台1台
昭和50年、地元の大工の作。四ッ車。唐破風の屋根。
 以前は底抜け屋台に大胴一台、附太鼓一台をつけ、数名のかつぎ手によって屋台を担いだ。
 ■水富地区
    ⇒根岸、上広瀬、下広瀬、笹井
根岸2−25−23 白髭神社
広瀬2−23−1(上広瀬) 広瀬神社 10/3土日(元・15) 神輿 旧・県社
山車1台 平成10年頃の作。先代もあり。
底抜け屋台1台
笹井1962 笹井白髭神社 10/16以降の日曜 タイコヤグラ 昭和3年の作。 

 ≪日高市≫
上鹿山171 高麗川神社 7/14〜16 屋台1台
昭和初期(大正14年頃とも云われる)に飯能市宮本町より購入。
高荻1101 八雲神社(天王様) 7/2土日 神輿
屋台1台 地元の人の作。
原宿 屋台1台  
平成3年、床付きの底抜け屋台創建。
高麗川+四本木 屋台1台
昭和30年、青梅市成木より購入。合同で運営。祭りばやしの会と称する。
田木 高根神社 山車1台 休止中?
横手 横手神社 8/21〜27までの日曜日 獅子舞
新堀 高麗神社 10/19 獅子舞
女影 霞野神社 獅子舞休止(昭和37年頃まで舞われていた)

 ≪富士見市≫
富士見台 天王様 7/15頃日曜 山車1台 昭和41年購入。
水子石井 八雲神社 7/15頃日曜 山車1台
水子城の下 八雲神社(天王様) 7/15頃日曜 山車1台
水子氷川前 氷川社(天王様) 7/15頃日曜 神輿(大小)

 ≪ふじみ野市≫
  平成17年(2005)10/1、上福岡市+入間郡大井町が合併。
 ◎旧・上福岡市
上福岡1−7−7 八雲神社 7/15頃日曜 子供神輿 休止中?
駒林890−イ 八幡神社 7/15頃日曜 子供神輿
川崎261 白山神社 7/15頃日曜 子供神輿
川崎147 氷川神社 7/15頃日曜 子供神輿
長宮2―2−4 長宮氷川神社 7/15頃日曜
 ◎旧・大井町
大井東原 八雲神社(天王様) 7/24 神輿(大小4基)
鶴ヶ岡3−1 鶴ヶ岡八幡神社(天王様) 7/24 子供神輿
大井2−56 氷川神社(天王様) 7/24 屋台2台 上組、旭連(中組、下組)
苗間372−1 苗間神社 7/25 屋台1台 戦前よりあり。
亀久保2−16−22 亀久保神明神社 7/25頃の日曜 屋台1台 昭和22年の作。

 ≪入間郡≫     
 三芳町
北永井931 八雲神社(天王様) 7/25 子供神輿
山車2台 祭礼は大体、隔年。
明治15年頃より山車を曳き出す。この山車は焼却処分。
@昭和28年制作。大工は内田角次。川越祭りでは南通町へ囃子連ごと貸し出され、一本柱万度型となる。
地元の祭礼では神社近辺を曳き回すのみ。
A二重鉾、廻り舞台。平成4年制作。行田市の高橋社寺建築の作。
人形は「古松重松」。岩槻市の清法人形店の作。頭部は頭師の藤塚久雄、胴体は伝統工芸師、浅見法男の作。

地元の祭礼では神社前の通りを往復する。
上富1003 八雲神社 7/27、28 子供神輿
山車1台 ※木ノ宮地蔵の祭礼(4/23、24)にも山車を出す
平成10年(1998)制作。二代目。二重鉾迫り上げ式。四ッ車。廻り舞台。幅2、7m。長さ5、5m。高さ(人形含む)8、9m。
大工は川越の浦田工務店(浦田一男)。車大工は横溝長寿。彫師は豊田彫刻工房(豊田豊)。幕は嶽野好仲の作。

人形は「柳沢吉保」。高さ1、9m。
 先代は昭和12年頃創建。地元の大工の作。今も保存されている。
竹間沢858 竹間神社 7/21頃の土日 子供神輿 天狗、獅子
屋台1台
藤久保1026 木宮稲荷神社
(八坂神社)
7/14、15 囃子奉納
 越生町
越生1015 越生神社 7/4土日 山車5台 本町、仲町、上町、河原町、黒岩町
屋台1台 新宿町
所曳き 東2区
本町(ほ組)=唐破風付きの囃子台。廻り舞台。大正9年、4、600円かけて新調。請負は神田宮本町の亀甲斎清秀(小倉秀太郎)。人形は「神武天皇」。 
 先代は大正8年に牛若丸の山車を毛呂山へ売却。毛呂本郷に売却なら現・入間市新光。

仲町(い組)
=昭和29年(1954)制作。地元の大工、長谷竹松と神田のだし鉄(山本 鉄太郎)の作。制作費は約100万円。
 先代は明治初年、川越市志義町(現・仲町)より購入。新調時に越生町志茂町に売却。
 もう1台の花山車を毛呂山へ売却。毛呂本郷に売却なら現・入間市新光。

上町
=明治19年制作。大正8年購入。元・東京谷中初根町2丁目と上三崎町の山車として日暮里の諏方神社の祭礼に出ていた。
人形は「豊島佐衛門尉経泰」。昭和63年修復。

河原町(ろ組)
=昭和12年(1937)制作。神田の宮長の作。制作費は約1、000円。最初から人形を乗せる予定がなかったため他の山車より背が高い。
台車は明治期からの花山車のものを使っている。

黒岩町
=二重鉾。三ッ車。明治29年9月制作。明治42年7月に熊谷市鎌倉町より125円で購入。人形は「素盞鳴尊命」
新宿町(は組)=文政10年(1827)八王子市上八日市町新調。車軸の台木に文政10年(1827)と墨書きがあった。28年曳かれた。新調当時は唐破風屋根の中を一本柱が貫通している八王子型人形山車。
大正12年(13年説も)に現・青梅市小曽木より購入。代金は50円と云われている。

購入時には人形も無く、彫物は欠損し、人形の台座は町内の正法寺閻魔堂の閻魔像の台座として使われている。
当地では昭和53年に改修。平成10年、秩父の業者により車輪と車軸の新調。
東2区=平成14年、地元の有志の作。
本宮の昼のみ曳行。夜は居囃子。完成した平成14年は既存の6町内の山車が集まって行われるひっかわせに参加したのでいずれは夜も曳行すると思われる。

大谷=昭和59年、子供たちがリヤカーにやぐらを組み、太鼓を乗せて納涼祭(8月初旬)に参加したのが、始まりだが平成9年の納涼祭を最後に休止。

  • 毛呂本郷・長瀬村・小田谷村・前久保村・岩井村が合併し、現在の町域の中部が毛呂村となる。
  • 滝野入村・権現堂村・阿諏訪村・大谷木村・宿谷村・葛貫村が合併し、現在の町域の西部が滝野入村となる。
  • 1891年(明治24年)8月20日 - 滝野入村が名称を変更し、山根村となる。
 毛呂山町
 ■川角(東部)地区
   ⇒川角、西戸村・市場村・箕和田村・西大久保村・大類村・苦林村・下川原
毛呂本郷 出雲伊波比神社 7/15頃の日曜 山車2台   
山車=昭和61年(1986)制作。唐破風単層鉾。
 先代(初代)は昭和29年頃に越生町本町より購入(仲町説もあり)。現・山車購入につき入間市新光へ。


小若山車=昭和22年(1947)、地元で作る。
西大久保 八坂神社(天王様) 7/15 山車1台 休止中?
 ★展示場     
ふじみ野市立歴史民俗資料館
(旧・上福岡市)
ふじみ野市長宮1−2−11 рO492−61−6065 底抜け屋台1台保管?。下福岡地区のもの

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