大 阪 府【南河内】

          ≪富田林市、太子町、河南町、千早赤阪村≫

  ※彫物情報は河秋会さんの御許可頂いて転載しております。

住所 神社名 例祭日 内容 備考

 ≪富田林市≫
宮町3−2053 美具久留御魂神社 10/3土日 神輿 あり
地車11台 宮、若松一、新堂、川面、毛人谷、尺度, 喜志平、桜井、中野、木戸山
町内地車5台 富田林、寺内町、喜志新家、ひよこ会、梅の里
宮入りは日曜。午前は子供だんじり(毛人谷・富田林町・寺内町・若一ひよこ・梅の里)
午後は(宮・櫻井・喜志・喜志新家・川面・平・尺度・木戸山・中野・新堂・若一)
神輿=平成23年(2011)約50年ぶりに担がれる。
=石川型。文久3年(1863)9月中旬制作。大工は富田林の新堂組の大工新兵衛、宮棟梁清八、同嘉助。墨書きが旧・箱棟の内側にあり。
彫師は彫又一門。
平成29年(2017)9月10日、修復入魂式。吉為工務店にて修復。
本体 灰汁洗い、締直し、錺金物鍍金直し。
平成8年、吉為工務店にて修復。屋形新調。
:「富士の巻狩り」。
 ≪大屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
拝懸魚:前は「朱雀」、後ろは「水に玄武」。
車板:正面は「天の岩戸」、後ろは「:天臼女命」、小は「宝珠をつかむ青龍 」。
屋根虹梁:前は「板虹梁」、後ろは「?」。
枡合:三方「唐子二十四孝」。
虹梁:上段は「唐子二十四孝」、下段は「板虹梁 雲」。 
 ≪小屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
拝懸魚:「雲 麒麟」。
車板:「宝珠をつかむ青龍 雲」。
勾欄:「牡丹に唐獅子」。
屋根虹梁:「板虹梁 雲」。
絵振板:「梅」。
勾欄:「牡丹に唐獅子」。
組物:「三手先」。
木鼻:「牡丹 獅子」。
若松一(富田)=平成30年(2018)新調予定。大工は地車制作 隆匠。彫師は木彫濱中。

 先代は石川型。平成29年(2017)12月3日、曳納め。大工、彫師 等は不詳。
現在、地車制作 隆匠で保管中。
「地車諸支入用帳」には明治11年寅10月 半田村(大阪狭山市)より64円で購入とあり。
 また大佐の「地車請取帳」には大正10年以降に「南河内郡新堂村 製簾商会」とあるので、大佐が修復もしくは地車売却と思われる。
 ≪大屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
拝懸魚:前は「松に鷲」、後ろは「松に鶴」。
車板:「宝珠をつかむ青龍」。
枡合:三方「青龍」。
屋根虹梁:「海女」。
虹梁:上段は「敦盛呼び戻す熊谷次郎直実」、中段は「青龍」、下段は「牡丹に唐獅子」。
 ≪大屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
拝懸魚:「鷲」。
車板:「青龍」。
枡合:三方「青龍」。
屋根虹梁:「海女」。
虹梁:上段正面は「那須与一扇の的」、右は「源頼朝朽木隠れ」、左は「?」、下段は「牡丹に唐獅子」。
勾欄:「牡丹」。
新堂=石川型。元は住吉型三枚板型式。大工は下川安次郎、一栄。彫師は下川安治郎・赤金由松。
昭和9年泉大津市宮本町新調。銘板は「細工人 西だんじりや 下川安次郎」とある。
昭和63年7月31日、藤井毛織兜汾工場に展示される。
平成12年に、この展示されていた地車を小松工務店を通じて購入。
平成25年(2013)4月21日、修復入魂式。河合工務店による。柱を交換し背丈を40cm高くする。
 ≪大屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
拝懸魚:前は「那須与一扇の的」、後ろは「雲海」。
隣懸魚:「鷲」。
車板:「宝珠をつかむ青龍」。
枡合:正面は「素盞鳴命八岐大蛇退治」、右は「神武天皇東征」、左は「日本武尊 野火の難」。
虹梁:正面は「後藤又兵衛勇戦」、右は「源頼政鵺退治」、左は「仁田四郎忠常猪退治」。 
 ≪小屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
拝懸魚:「兎を捕まえる鷲」。隣懸魚:「鷲」。
車板:「家康幸村に追われる」。勾欄:「唐子二十四考」。
縁葛:「太閤記」。
脇障子:「井上大九郎の雄姿、木村又蔵の勇姿」。
三枚板:正面は「秀吉本陣佐久間の乱入」、右は「加藤清正 虎退治」、左は「後藤又兵衛の虎退治」。
土呂幕:右は「塙団右衛門勇戦」、左は「高山右近勇戦」、後ろは「豊臣軍記」。

 新堂村は北町、會所町、庄屋町、南町、大工町の5町からなり元々町ごとに地車があったとされる。
千早赤阪村水分は元・大工町より。河南町芹生谷も新堂の1町より購入。
 先代は石川型。平成12年に個人に売却するが、あまりの老朽化で解体する。
川面=平成30年新調予定。大工は河合工務店。彫師は彫陽(山本陽介)。
石川型。平成5年(1993)制作。町の有志が新調で30年ぶりの復活。彫忠の作。
平成14年、平野区の河合工務店で修復。この時に三枚板新調。

 先代は擬宝珠勾欄堺型地車。永らく休止し村内の古美術商に売却。解体され彫物売却。

 有志で平成3、4年はレンタルの地車を曳く。
毛人谷(えびたに)=石川型。平成28年(2016)9月22日、新調入魂式。会場は毛人谷水利会館。
大工は泉佐野市の大真工務店(大野真太郎)。同師の出世地車。彫師は彫陽(山本陽介)。
 ≪大屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
箱棟:「雲海に獏」。
拝懸魚:正面は「松に鷲」、後ろは「楠木正成」。
車板:正面は「貴志宮 伝説神話」、後ろは「伊勢海老」。
小屋虹梁:「阿吽の龍」。
桝合:「麒麟」。
虹梁:上段は「牡丹に唐獅子」、
下段正面は「千早城の戦い」、右前は「千早城 藁人形の計」、右後ろは「楠公子別れ 櫻井の駅」、左前は「四天王寺に聖徳太子の未来記を拝見す」、左後ろは「謀を千里の外にめぐらす」。
長押:「珠取り姫」。
 ≪小屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
箱棟:「雲海に獏」。
拝懸魚:「鳳凰」。
車板:「多門丸初陣」。
小屋虹梁:「阿吽の龍」。
桝合:上段は「牡丹に唐獅子」」、
下段正面は「赤坂城の戦い」、下段右は「正成、奇策をもって敵の兵糧を奪う」、下段左は「笠置の行所に召される」。
長押し:「素盞鳴尊 八岐大蛇退治」。

絵振板:「雲海に獏」。
勾欄合:「牡丹に唐獅子」。

 往古当地には何台かの地車があったが廃絶。その後よそから地車を借りた。
 昭和47年に水利組合が200万円で地車を購入。経路は大阪で新調。その後住吉「大佐」を通じて左専道(現・城東区諏訪)の青年団が独自で購入。しかし、長老の反対で村に持って帰れなくなり、それを大正15年頃に東大阪の荒川が購入。そして昭和47年に毛人谷が購入。購入時に荒川より曳いて帰った。しかし事情があり、昭和56年が最後の曳行となり、昭和61年に「太鼓正」に売却。これを神戸市東灘区東明が購入。
 平成元年に西口子供地車として復活。

 先代は平成12年(2000)9/17に羽曳野市王水町より搬入。購入時は西口。平成14年10/13に名称を毛人谷に戻す。幕式。彫師は彫又。現在は個人が所有。
尺度=昭和5年泉大津市元町新調。大工は絹井楠次郎。彫師は川原啓秀。
平成10年(1998)10/3、泉大津市南曽根より購入。購入時に吉為工務店にて住吉型を石川型に改造。この時に三枚板を取る。「大坂夏之陣」で現在は吉為工務店にて保管。
 ≪大屋根廻り≫
拝懸魚:「鷲の猿つかみ」。
隣懸魚:「青龍」。
車板:「宝珠をつかむ青龍」。
枡合:正面は「楠公父子桜井の駅の別れ」、左右は「牡丹に唐獅子」。
虹梁:「本能寺の変、秀吉本陣佐久間の乱入」。
隠虹梁;「鳳凰」。    
 ≪小屋根廻り≫
拝懸魚:「素盞鳴命八岐大蛇退治」。
隣懸魚:「青龍」。
車板:「川中島の合戦」。
枡合:「雲海」。
虹梁:「玄武」。
勾欄:「松に鶴、竹、梅に鶯」。

 初代?は昭和30年代後半に宮入りで屋根が飛んだので焼却処分と聞くが。
 先代は昭和末期に村の大工の作。現・地車購入につき梅の里へ。
喜志=旧称は大深(おおけ)。にわか(石川型)地車。平成16年(2004)9/20搬入。9/23新調入魂式。
大工は吉為工務店(吉野寿久)。
彫師は「木彫筒井一門」。車板、虹梁などは筒井伸、松谷隆司。懸魚は地元の山本陽介。枡合は白井秀紀。ただし獅噛みは松並義孝。
幕は平成26年、八尾市の東亜商事で新調。
 ≪大屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
棟飾り:「牡丹に唐獅子」。
拝懸魚:前は「朱雀」。後ろは「鷲の猿つかみ」。
隣懸魚:前は「雲に麒麟」、後ろは「松に猿」。
車板:前は「天の岩戸開き」、後ろは「黒旋風李達、虎を倒す」。
屋根虹梁:「拝龍」。
枡合:三方は「八仙東遊記伝」より6人の仙人。
 前正面右:「呂洞賓(りょどうひん)」。
 前正面左:「何仙姑(かせんこ)」。
 右横前:「韓湘子(かんしょうし) 牛」。
 右横後:「曹国舅(そこくきゅう) 馬」。
 左横前:「張果老(ちょうかろう) 驢馬」。
 左横後:「李鉄拐(りてっかい) 虎」。
虹梁:上段正面は「仁田四郎忠常猪退治」、右は「義経八艘飛び」、左は「木曽義仲と巴御前の勇戦」。
    中段は「波に青龍」。
    下段正面は「美具久留御魂神社縁起」、右前は「足利尊氏出陣」、右後ろは「新田義貞、稲村ヶ崎宝刀流し」、左前は「児嶋高徳桜木に歌を詠む」、左後ろは「大塔宮護良親王出陣」。
 ≪小屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
棟飾り:「牡丹に唐獅子」。
拝懸魚:「波に飛龍」。
隣懸魚:「雲、松に烏天狗」。
車板:「鞍馬山、牛若丸修業の場」。
枡合:三方は「八仙東遊記伝」より2人の仙人と龍と龍王。
後正面右:「龍王と眷属」。
後正面左:「青龍」。
右横:「藍采和(らんさいわ) 鹿」。
左横:「漢鐘離(かんしょうり) 獅子」。
虹梁:上段正面は「敦盛呼び戻す熊谷次郎直実」、右は「武蔵坊弁慶立往生」、左は「平景清、錣錣引き」。
    中段は「波に青龍」。
    下段正面は「湊川の合戦」、右は「楠木正成、笠置山にて後醍醐天皇に拝謁す」、左は「四條畷の合戦」。
絵振板:「飛龍」。
絵振板:「飛龍」。
勾欄合:「牡丹に唐獅子」。
木鼻:上は「牡丹」、下前後は「獅子」、下横は「獏」。
拳鼻:上は「獅子」、下は「龍」。 
台輪:「松」。

 初代?(先々代)は同村新調⇒羽曳野市西浦新町⇒富田林市彼方へ。 
 先代は大和型。明治13年9月制作。明治末期に奈良方面より購入(奈良県広陵町箸尾弁財天氏地大野地区説もあり)。
大工は広瀬郡弁財天村 棟梁芦高■冶平。同弟冶三郎。箸尾新庄。彫師は山鳥亭(芦高妻三郎)の墨書きあり。
平成15年(2003)11月24日、昇魂式。解体処分された。解体時に屋根材より奈良県廣瀬郡弁財天村にて新調の墨書きが見つかる。「箸尾」の文字が見えることから箸尾弁財天氏地の大野地区の新調か?
中野=平成22年(2010)9月11日(土)新調入魂式。9月4日、搬入。河合工務店の作。彫物は御堂製作所(中村行宏。
 ≪大屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
箱棟:「麒麟・獏」。
拝懸魚:前は「真向きの応龍」、後ろは「費長房と鶴」。
隣懸魚:前は「飛龍」、後ろは「蓑亀」。
車板:前は「天の岩戸 天照大神賜る」、後ろは「野見宿禰と当麻蹴速」。
屋根虹梁:「拝龍」。
桁・棟木:「桐」。
拳鼻:上は「息、桐」、下は「龍」。 
組物:「二手先三段」。
尾垂木:「龍」。
枡合:前右は「浪子燕青・玉麒麟盧俊義」、前左は「鉄臂膊蔡福・及慈雨宋江」。
    後正面右:「鼓上皀時遷・小李広花栄」、後正面左は:「催命半判官李立・混世魔王樊瑞」。
    横右前:「錦豹子揚林・智多星呉用」、横右後:「入雲龍公孫勝」。
    横左前:「豹子頭林沖・大刀関勝」。横左後:「小旋風柴進・双鞭呼延灼」。
台輪:「菊」。
虹梁:上段「青龍・波」、
    下段前:「後三年の役 八幡太郎義家・安部貞任」、
    下段左前:「平忠常の乱 源頼信、平忠常軍を鎮圧」、

 初代?(先々代)は老朽化のため、昭和45年頃に休止し「太鼓正」に下取り。
先代は=町内地車。昭和57年(1982)10月10日、新調入魂式。太鼓正より購入。彫忠の作。子供会主体。
平町=平成22年(2012)9月17日、搬入。9月22日、新調入魂式。
大工は板谷工務店(板谷 始)。彫師は木下彫刻工芸(木下健司)。
 ≪大屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
拝懸魚:正面は「鳳凰」、後ろは無し。
車板:正面は「宝珠を掴む青龍」、後ろは「雲海」。
屋根虹梁:正面は「唐草」、後ろは「雲」。
枡合:「獅子遊び」。
虹梁:上段正面は「鳳凰に雲」、上段左前は「松に鳥」、上断左後ろは「竹に千鳥」、中段は「雲」、下段は「唐草」。
木鼻:上段・下段正面は「唐獅子」、下段横は「獏」。
絵振板:「唐草」。
 ≪小屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
拝懸魚:「猿を掴む鷲」。
隣懸魚:「松に雲」。
車板:「唐獅子」。
屋根虹梁:「唐草」。
枡合:「獅子遊び」。
台輪:「牡丹」。
虹梁:上段正面は「鳳凰」、上段左右は「梅に鶯」、中段は「雲海」。
木鼻:上段・下段正面は「唐獅子」、下段横は「獏」。
 ≪腰廻り・見送り廻り≫
木鼻:下段妻は「獅子鼻」、平側は「獏鼻」。
勾欄合:「力神」。

 美具久留御魂神社所蔵の「御請書之事」という、祭礼時の喧嘩口論についての文献に文化元年(1803)の記載あり。
 明治6年、河南町今堂へ。
 先々代は平成10年に喜志の消防団より頂き、3年使った後で喜志新家に譲渡。さらに梅の里へ。 
 先代は 平成14年(2002)7月21日、新調入魂式。搬入は6月23日。大工は「彫忠」。彫物は八尾市太田新町を再利用?。
平成24年(2012)4月30日、羽曳野市羽曳が丘だんじり会に搬出。
桜井=石川型。明治13年9月新調か?
大工は新堂組配下の大工の作と思われる。彫師は相野一門の新庄在住の山鳥亭。
昭和56年に子供会主催で曳いたのを最後に休止していた。
平成15年、青年会で修理がなされ、22年ぶりに復活。
平成18年(2006)10月1日、修復入魂式。河合工務店で修復。
 ≪大屋根廻り≫
拝懸魚:正面は「鳳凰」、後ろは「松に鶴」。
車板:正面は「天の岩戸」、後ろは「司馬温公瓶割り」
枡合:「二十四考」。
虹梁:上段は「菊花」、中段は「青龍」、下段は「源平合戦」。
 ≪小屋根廻り≫
拝懸魚:「鷲」。
車板:「牛若丸 鞍馬山の修業」。
枡合:「二十四考」。
虹梁:正面は「牛若丸 弁慶五条大橋の出会い」、右は「仁田四郎忠常 猪退治」、左は「那須与一扇の的」。
喜志新家=石川型。平成元年、羽曳野市鍛治町新調。大工は松村工務店。彫師は松原市の高橋彫刻(高橋孔明)。
平成18年、東板持より購入。東板持は平成18年(2006)8月27日、昇魂式。

 往古は江戸後期よりあったが、昭和12年頃某所に売却。

 先代は 町内地車。平成14年9/28(土)購入。喜志の有志(消防団)が平成5年頃に作り喜志で3年。平町で4年使われる。
 購入1年目はみんなで宮に参拝のみ。
 梅の里へ譲渡。
木戸山町=地車小屋は町会館に併設。
石川型風。平成22年(2010)9月11日(土)新調入魂式。7月17日に搬入。約120年ぶりの復活。

大工は大下工務店。彫物・錺金具は褐苴ー製作所。
部材や彫物の一部は、昨年大下工務店で大改修が行われた大阪市城東区鴫野東之町のものを再利用して新調。
飾目、懸魚、車板、脇障子がこれである。
 ≪大屋根廻り≫
拝懸魚:正面は「鳳凰」、後ろは「松に鶴」。
車板:正面は「珠を掴む青龍」、後ろは「天の岩戸隠れ」
枡合:「源平戦記、富士の巻狩り」。
脇障子:「竹に虎」。

 往古の地車は平石に売却したと云われる。
富田林=町内地車。
江戸末期の記録には一里山町、富山町、北会所町、南会所町、堺町、御坊町、東林町、西林町の8台の地車があったとあり。
寺内町=町内地車。
ひよこ会=若一の子供会が出す。平成10年頃制作。制作は町内の武田幸造(48)さん。
梅の里=三代目は平成18年、新地車購入の喜志新家より。

初代は平成10年、尺度は新地車購入につき梅の里へ。
二代目は平成14年、新地車購入の平町より。
 宮入りはしないが、宮、尺度、平などと顔合わせはする。
新堂村(現在の行政上は若松町)は北町、会所町、庄屋町、南町、大工町の5町から出来ている。また元々新堂村には町毎に地車があった。
享和4年(1804)の古記録には喜志村大深、宮、櫻井、川面、木戸山、新家、尺度が地車奉納とある。
山中田2−14−31 黒主神社 10/3土日 地車1台  山中田=石川型
町内は山中田と川向に分かれ各々地車を古市や狭山に借りに行ったが、町会が合同で地車を購入するようになった。これが今の石川型地車である。大工は不詳。彫師は車板の墨書きより西岡又兵衛とわかる。 
平成12年、吉為工務店で修復。
 ≪大屋根廻り≫ 
鬼板:前後とも「獅噛み」。
拝懸魚:「朱雀」。
車板:前は「仁田四朗猪退治」、後ろは「牡丹」。
屋根虹梁:板虹梁。 
枡合:「富士の巻狩り」。
虹梁:上段は「板虹梁」、中段は「飛龍 雲 青龍」、下段は「牡丹に唐獅子」。
  ≪小屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
拝懸魚:「松に鷲」。
車板:「司馬温公の甕割り」。
屋根虹梁:「板虹梁」。
枡合:右は「源三位源頼政鵺退治」、左は「那須与一扇の的を射る」。
虹梁:上段は「板虹梁」、下段は「青龍」、右は「頼朝朽木隠れ」、左は「牛若丸鞍馬山修行の場」。

棟飾り:「?」。

絵振板:「牡丹」。
勾欄合:「波濤に千鳥」。
組物:「二手先」。
西板持町8−7−39 板茂神社 10/3土日 神輿
地車1台   
宮入りは土曜。
西板持=石川型。明治期の作か?。大工、彫師 等は不詳。
平成4年、吉為工務店で修復。正面飾目を青龍から獅噛み・懸魚を新調交換。
  ≪大屋根廻り≫ 
鬼板:前は「獅噛み」、後ろは「雲海に青龍」。
拝懸魚:前は「朱雀」、後ろは「松に鶴」。
車板:前は「頼朝本陣」、後ろは「勢子の兎追い」。

桝合:三方「富士の巻狩り」。
屋根虹梁:「拝龍」。
虹梁:上段は「青龍」、下段は「牡丹に唐獅子」。

  ≪小屋根廻り≫
鬼板:「雲海に青龍」。

拝懸魚:「鷲の猿つかみ」。
絵振板:「牡丹に唐獅子」。

車板:「青龍」。
桝合:三方「富士の巻狩り」。
屋根虹梁:「拝龍」。
虹梁:上段は「青龍」、下段は「牡丹に唐獅子」。


棟飾り:「牡丹に唐獅子」。
勾欄合:「牡丹に唐獅子」。
下佐備467 佐備神社 10/3土日 神輿
地車3台 上佐備、中佐備、下佐備
宮入りは土曜で、宮本である下佐備、中佐備、上佐備の順である。
上佐備=石川型。明治25、6年に甘南備あたりより購入と云われている。大工は不詳。、彫師は彫又一門。
平成25年9月29日、修復入魂式。柱の交換、締め直し。また高さが30cm高くなる。大工は大下工務店。
平成27年9月13日、修復入魂式。足回りの新調。大工は大下工務店。
以前は平成元年植山工務店で台と彫刻の一部以外は新調という大修復。
  ≪大屋根廻り≫ 
鬼板:「獅噛み」。
拝懸魚:前は「宝珠をつかむ青龍」、後ろは「松」。
車板:前は「松に鶴」、後ろは「松に鶴」。

桝合:三方「富士の巻狩り」。
屋根虹梁:「板虹梁」。
虹梁:上段は「青龍」、下段は「唐子二十四孝」。
  ≪小屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。

拝懸魚:「鷲の猿つかみ」。
車板:「青龍」。
桝合:三方「富士の巻狩り」。
屋根虹梁:「板虹梁」。
虹梁:上段は「青龍」、下段は「牡丹に唐獅子」。


棟飾り:「牡丹に唐獅子」。
中佐備=石川型。昭和20年代に甘南備村か東条村より購入。
大工は不詳。彫師は彫又一門。平成2年植山工務店で修復。
平成26年(2014)3月16日、修復入魂式。大下工務店による。
屋根野地板の張替え、足回りの新調、通し柱を交換し、20cm高くして、以前の修理前の高さにする。
中山は中佐備の新田にあたり一緒に曳く。
  ≪大屋根廻り≫ 
鬼板:「獅噛み」。
拝懸魚:前は「朱雀」、後ろは「松に鶴」。
車板:「富士の巻狩り」。
桝合:三方「富士の巻狩り」。
虹梁:上段は「青龍 波」、下段は「牡丹」。
  ≪小屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
拝懸魚:「松 鷲の猿つかみ」。
車板:「仁田四郎猪退治」。
桝合:三方「富士の巻狩り」。
屋根虹梁:「板虹梁」。
虹梁:上段は「青龍」、下段は「牡丹 雲」。

棟飾り:「牡丹に唐獅子」。
台輪:「菊」。
絵振板:「雲 飛龍」。
勾欄合:「牡丹に唐獅子」。
組物:「二手先」。
木鼻:「菊 獅子」。

 先代は明治期よりあったが、老朽化が激しいので昭和20年代に金剛山に捨てたと云われている。
下佐備=石川型。明治10年代に新堂村大工町で完成していた新調地車を個人が購入し村に寄贈。翌年より曳くようになった。
平成4年吉為工務店で一部の彫物以外新調と新調同様の大修復。
  ≪大屋根廻り≫ 
鬼板:前後とも「獅噛み」。
拝懸魚:前は「朱雀」、後ろは「飛龍」。
車板:前は「牛若丸 鞍馬山修業の場」、後ろは「布袋和尚と唐子」。
屋根虹梁:前は「拝龍」、後ろは板虹梁。 
枡合は「楠木 正行如意輪堂に辞世の句を刻む」。
虹梁:上段は「雲海に夫婦龍」、下段は「牡丹に夫婦唐獅子」。
  ≪小屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
車板:「牛若丸 弁慶五条大橋の出会い」。
屋根虹梁:「拝龍」。
絵振板:「飛龍」。
枡合:正面は「敦盛呼び戻す熊谷次郎直実」、右は「金太郎」、左は「仁田四郎忠常猪退治」。
虹梁:上段は「雲海に夫婦龍」、下段は「牡丹に夫婦唐獅子」。
勾欄&棟飾り:「牡丹に唐獅子」。
 【新興町】
山手町=手作り地車を所曳きする。
宮甲田町9−46 錦織神社
(水郡神社)
10/連休の土日 神輿
地車9台 甲田、廿山、錦織、宮甲田、新家、五軒家、伏山、須賀、加太
明治18年の古文書「水郡神社、祭典における地車奉納の件」の中に地車陳列詳細があり本社の東が「錦郡、甲田、宮甲田」。西が「廿山、彼方、五軒家、新家」とあり当時の宮入りの町と地車保有町が判る。
宮入りは土曜。
甲田=石川型。江戸末期〜明治期の作。大工は不詳。彫師は彫又一門。
平成3年に植山工務店で修復。
 ≪大屋根廻り≫  
拝懸魚:前は「天の岩戸」、後ろは「夫婦麒麟」。
屋根虹梁:「拝龍」。
枡合:「青龍」。
虹梁:上段は「牡丹に唐獅子」、中段は「青龍」、下段は「唐子二十四孝」。
 ≪小屋根廻り≫
拝懸魚:「松に鷲」。
車板:「牛若丸弁慶五条大橋の出合い」。
屋根虹梁:「拝龍」。
絵振板:「龍宮玉取海女」。
枡合:「青龍」 
虹梁:上段は「牡丹に唐獅子」、中段は「青龍」、下段は「唐子二十四孝」。
勾欄:「牡丹に夫婦唐獅子」。

 「水郡家諸記録」によれば、宝暦2年(1752)には既に地車あり。
 現・地車休止中の時(昭和50年代後半〜平成初期。15年ほど)に子供地車を出した。これは金剛コロニーに寄贈された。
廿山(つづやま)=地車小屋は保育園横。
石川型。明治末期か大正初期に河南町神山より購入。
明治初期の作。河南町神山の吉田辰治郎の作と神山では云われている。
彫師は彫又一門。ただし大屋根の屋根虹梁は地元の大工が彫り直したと云われている。
平成元年、植山工務店で修復。
平成28年(2016)3月12日、修復入魂式。大工は大下工務店。
文化庁認定事業により彫刻、台木、枡組以外は原形を崩さずに復元。
また錺金具や彫刻細部などについては建造当時に戻し、本来の姿に復元。
 ≪大屋根廻り≫  
獅噛み:前は「青龍」、後ろは「龍尾」。
拝懸魚:前は「珠取り海女」、後ろは「朱雀」。
屋根虹梁:前は「拝龍」、後ろは「板虹梁」。
車板:前は「富士の巻狩り」、後ろは「九尾の狐」。
枡合:正面は「楠公子別れ櫻井の駅」、右は「楠木正成」、左は「楠木正行」。
虹梁:上段は「青龍 雲」、下段は「牡丹」。
 ≪小屋根廻り≫
獅噛み:「青龍」。
拝懸魚:「珠取り海女」、後ろは「朱雀」。
屋根虹梁:「拝龍」。
車板:「牛若丸 弁慶五条大橋の出会い」。
枡合:正面は「劉備玄徳段渓を跳ぶ」、右は「?」、左は「?」。
虹梁:上段は「雲 青龍」、下段は「牡丹」。
 ≪腰廻り・見送り廻り≫

棟飾り:「龍体」。
台輪:「菊」。
絵振板:「牡丹に唐獅子」。
勾欄合:「唐子二十四孝 孟宗 唐婦人 他」。
組物:「二手先」。
木鼻:「牡丹 獅子」。
拳鼻:「菊 獅子」。
尾垂木:「菊 龍」。
錦織=地車小屋は消防会館隣り。
石川型。明治20年頃に新調か。大工は塔本寅太郎、森井家の祖で「大久」芝本馬太郎 他2人の作。彼方より購入とも彼方を参考に制作されたとも伝えられる。
昭和62年、池内工務店で修復。
平成23年9月4日、修復入魂式。吉為工務店による。彫物は山本陽介。獅噛み3、大屋根懸魚 など。
 ≪大屋根廻り≫ 
鬼板:前後とも「獅噛み」。
拝懸魚:前は「朱雀」、後ろは「牡丹に親子唐獅子」。
車板:前は「天の岩戸」、後ろは「雲海」。          
屋根虹梁:「拝龍」。
枡合:「富士の巻狩り」。
虹梁:上段は「富士の巻狩り」、中段は「富士の巻狩り」、下段は「牡丹に唐獅子」。  
  ≪小屋根廻り≫  
鬼板:「獅噛み」。
拝懸魚:「鷲の猿つかみ」。
車板:「牛若丸鞍馬山修行の場」。
屋根虹梁:「牛若丸 弁慶五条大橋の出合い」。
絵振板:「竹に虎」。
枡合:「唐子二十四考」。
虹梁:上段は「唐子二十四考」、下段は「牡丹に唐獅子」。
勾欄:前は「浜千鳥、鷲に松竹梅」、後ろは「牡丹に唐獅子」。

 往古は錦織北、錦織南と二台の地車があったと伝えられる。
宮甲田=折衷型。昭和63年(1988)10月2日、新調入魂式。
大工は池内工務店(池内福治郎)。彫師は中山慶春、十場裕次郎。
 ≪大屋根廻り≫ 
鬼板:前後とも「獅噛み」。
拝懸魚:前は「朱雀」、後ろは「雲海」。
車板:「素盞鳴尊八岐大蛇退治」。
枡合:「牡丹に唐獅子」。
虹梁:「波」。
 ≪小屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
拝懸魚は「鷲の猿つかみ」。
車板は「加藤清正虎退治」。
屋根虹梁:「板虹梁」。
虹梁:「菊、浜千鳥」。

勾欄合:「牡丹に唐獅子」。
縁葛:「牡丹に唐獅子」。
三枚板:正面は「川中島の合戦」、右は「加藤清正虎退治」。
土呂幕:正面は「川中島の合戦」、右は「加藤清正虎退治」、左は「武者物」。
土台:「波涛に鯉」。
組物:「二手先」。

 往古は宝永4年(1708)新調という古記録もある。
 先代は下取りされ永らく保存されたが解体処分される。

この地車は明治期に新堂大工の作と思われる。東板持あたりより購入で、石川を担いで渡ったという言い伝えもある。
新家=折衷型。平成8年(1996)9/22、新調入魂式。
大工は池内工務店(池内幸一)。彫師は木下彫刻工芸、松本幸規(岸和田)、森一門(醒ケ井)。
 ≪大屋根廻り≫ 
箱棟:「雲」。 
拝懸魚:正面は「大蛇退治」、後ろは「雲」。
隣懸魚:前は「龍」、後ろは「雲海」。
枡合:正面は「秀吉本陣、佐久間の乱入」、後ろは「加藤清正、朝鮮の役」。
幕板:「大坂夏の陣」。
 ≪小屋根廻り≫
拝懸魚:正面は「大蛇退治」、後ろは「雲」。隣懸魚:「龍」。
枡合:正面は「富士川合戦 藤吉郎初陣」、平は「大徳寺焼香の場・清洲会議」。
縁葛:「十二支」。
台木:「波に玄武」。

 往古に明治20年代に桐山に売却?という言い伝えもあるが?。
 先々代は富田林の杉山家に預け10/11,12に曳いていたが、大正末か昭和初期に村の若衆が勝手に富田林で地車販売業をしていた「ぬし辰」に売却して永らく祭りを中断した。
 先代は昭和55年に須賀の奈良氏作の子供地車を購入。現・地車購入につき川西小学校に寄贈。
五軒家(五軒家地車愛好会HPへ)=五枚板大和型。明治16年制作。これは植山工務店で修復時に、『神武天皇御即位紀元二千五百四十三年奉納棟上』と棟札が発見されたからである。
大正2年に村の若者5名が大和高田市新町(現・永和町付近)より購入。大工は不詳。彫師は相野徳兵衛、山鳥亭盛貞。平成2年、植山工務店で修復。
 ≪大屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
拝懸魚:「大巳貴命大鷲退治」。隣懸魚:「青龍」。
車板:「宝珠をつかむ青龍」。   
枡合:右は「中国列仙伝。張果老」、左は「唐子二十四考 司馬温公瓶割の場」。
 ≪小屋根廻り≫  
鬼板:「獅噛み」。
車板:「飛龍」。
拝懸魚:「朱雀」。
枡合:「青龍」。
五枚板:【三国志】見送りは正面は「漢の高祖龍退治」、右は「劉備玄徳」、左は「趙雲子竜」。右は「関羽雲長」、左は「張飛 翼徳」。
土呂幕:左右は「竹に虎」、前後は「猩々」。
脇障子:「獅子の子落とし」。幟台:「力神」。
勾欄:「富士の巻狩り」。

  初代は村の岩根氏が拵えた簡素な地車。当時は村内の牛頭天王社に宮入り。まくって潰した。
伏山=折衷型。平成13年(2001)9/29収納。大工は吉為工務店(吉野寿久)。彫師は近藤晃、松並義孝。
 ≪大屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
懸魚:「天の岩戸」。
車板:「素盞鳴尊 八岐大蛇退治」。
枡合:右は「木下藤吉郎 清洲城修復」、左は「明智光秀 小栗栖の最期」。
虹梁:正面は「鶴ヶ丘八幡宮 頼朝放生会」、左は「安宅の関 弁慶義経懲打」。
 ≪小屋根廻り≫
懸魚:「神功皇后 応神天皇平産す」。
車板:「鷲退治」。虹梁:「夫婦龍」。
 ≪腰廻り≫
番号持ち:「宝船」。
土呂幕:【源平盛衰記】正面は「頼朝、朽木隠れ」、右は「巴御前 畠山重忠と戦う」、左は「土佐坊昌俊 堀川義経館夜討ち」、背面は「八幡太郎義家 安部貞任を追う」。
縁葛:正面は「頼朝本陣褒賞」、右は「射手、勢子らの活躍」、左は「仁田四郎猪退治」、背面は「射手、勢子らの活躍」。
柱巻き:右は「昇龍」、左は「降龍」。
脇障子:「千劒破城の合戦」。
 ≪見送り廻り≫
見送り、大脇、摺り出し受けは「千劒破城の合戦」。
脇障子:【太平記】右は「熱湯掛け」、左は「藁人形計略」。

 先々代は明治初期に河南町白木(今堂?)より購入と伝えられジェーン台風で小屋ごと倒れ壊れた。
 先代は石川型。昭和26年のジェーン台風により地車小屋が倒壊して野ざらしのまま放置していた堺市平井より購入したが新調に伴い平成13年(2001)4/7西淀川区鼻川へ。
須賀=平成20年6月22日、新調入魂式。大工は河合工務店。彫師は御堂彫刻。
 ≪大屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
懸魚・隣懸魚:前は「神武東征」、後ろは「天孫降臨」。
車板:前は「大国主命 国譲り」、後ろは「雲に鶴」。
箱棟:「青龍」。
枡合:正面は「大徳寺焼香の段」、右は「曾呂利新左衛門 秀吉の耳を嗅ぐ」、左は「秀吉 屈辱を忍ぶ」。
虹梁:正面は「本能寺の変」、右は「賤ヶ岳の七本槍 福島市松の奮戦」、左は「高松城 清水宗治 切腹の場」、間仕切りは「小栗栖の場 光秀の最期」。
 ≪小屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
懸魚・隣懸魚:「神武東征 土蜘蛛退治」。
車板:「天の岩戸」。
枡合:正面は「醍醐の花見」、右は「石川五右衛門 千鳥の香炉盗り」、左は「尼崎危難 秀吉味噌擂り坊主に化ける」。
 ≪腰廻り・見送り廻り≫
脇障子:【朝鮮の役】右は「李舜の勇戦」、左は「加藤清正 虎退治」。
縁葛:正面は「方広寺鐘銘事件」、右は「大坂夏の陣」、左は「大坂冬の陣」、背面は「豊臣秀頼の最期」。
間仕切り:「風神雷神」。
勾欄合:「太閤記」。
台木:「蓑亀」。
旗台:「力神」。
土呂幕:「素盞鳴尊 八岐大蛇退治」。
見送り:正面は「加藤清正 新納忠元の血戦」、右は「幸村 家康本陣急襲す」、左は「佐久間玄蕃 秀吉本陣乱入す」。


 先代は堺型。明治末期か大正初期に堺方面より購入と伝えられる。大工は不詳。彫師は堺の服部清七。
平成19年12月16日、昇魂式。柏原市国分市場へ。
 また大佐の「地車請取帳」には大正8年か9年に「南河内郡錦部村 須賀青年會」と書かれている。
先代の地車と関連性があるかどうかは分からない。
加太=板勾欄出人形式堺型。明治5,6年に小阪の「堀内市松」の作。堺市南野田村新調。
平成11年(1999)4/18、有志が和泉市葛の葉町より購入。
平成21年9月5日、修復入魂式。池内工務店による。
 ≪大屋根廻り≫
拝懸魚:前は「朱雀」、後ろは「若松」。
車板:前は「宝珠をつかむ青龍」、後ろは「雲海」。
枡合:正面は「富士の巻狩り」、左は「平景清師綴引き」。
間仕切板:「高砂  翁と媼」。                 
柱巻き:正面は「羅生門の鬼退治」、右は「茨木童子」、左は「渡辺綱 金札立て」。
 ≪小屋根廻り≫
拝懸魚:「唐子を捕まえる鷲」。車板は「猩々」。
枡合:「牡丹に唐獅子」。
脇障子:「楠公子別れ桜井の駅」。
縁葛:「賤ケ獄の合戦」。
幟台:「力士」。
土呂幕:正面は「竹に虎」、右は「巴御前の勇戦」。
摺り出鼻:「牡丹に唐獅子」。天蓋:「青龍」。
三枚板:正面は「牛若丸 弁慶五条大橋の出会い」、左は「宝珠を投げる武内宿彌」。

 先々代は大正10年頃に売却。石川型だったらしい。伊賀名張の方に売却という言い伝えあり。
その後マニアの間では、三重県名張市本町 常盤地車と思われる。
 先代は昭和53年(60年ぶりの復活)に大阪市内の植木市で10万円で購入し改造して使用された。現・地車購入につき堺市東初芝町へ。
彼方329−2 春日神社 10/連休の土日 地車3台 彼方、伏見堂、嬉
宮入りは土曜。
彼方(おちかた)以前は錦織神社に行っていたが、明治35年の祭礼の際にもめごとがあり、錦織神社より離れた  
=石川型。大工は新堂村大工組。彫師は小松源助、赤銅芳松、西岡又兵衛。
。明治22年(1889)2月喜志村大深が新調するが、数年で羽曳野・西浦新町へ売却。大正5年頃に奈良県香芝方面より450円で購入?。
平成2年、吉為工務店修復。

この時に虹梁彫刻の裏に「明治23年寅ノ?二月上旬彫物師小松源助」なる墨書きが発見。(以前は銅版が貼っていたところ)。
平成25年(2013)2月3日、修復入魂式。吉為工務店による。大屋根のみを搬入修理。

 ≪大屋根廻り≫
鬼板は前後とも「獅噛み」。
拝懸魚:前は「朱雀」、後ろは「鷲」。
隣懸魚:前は「雲 麒麟」、後ろは「松 猿」。 

車板:前が「天の岩戸」。後ろは「加藤清正虎退治」。
屋根虹梁:「拝龍」。枡合:「飛龍」。
虹梁:上段は「素盞鳴命八岐大蛇退治、源平盛衰記」、中段は「龍宮城珠取り」、下段は「太平記」。最下段は「牡丹に唐獅子」。
 ≪小屋根廻り≫ 
鬼板:「獅噛み」。
拝懸魚:「雲 飛龍」。隣懸魚:「烏天狗」。
車板:「牛若丸鞍馬山修業」。屋根虹梁:「拝龍」。

絵振板:「松に鷲」。
枡合:「雲に飛龍」。
虹梁:上段は「敦盛呼び戻す熊谷次郎直実」、中段は「龍宮城珠取り」、下段は「阿保肥前守直実、秋山四条川原合戦」。
勾欄:正面は「富士の巻狩り」、後ろは「?」。


 彼方村の文献、天保11年(1840)の「地車萬宛引憶張」という地車の注文時の控え帳が残っており、大工名、彫師名、材木の仕入先、寸法、彫物図柄まで残っているという。
 現・地車購入以前は隣村の佐備(上、中、下)より3年に一度ずつ借りた。
伏見堂(伏見堂 地車蔵HPへ)=地車小屋は地内の青蓮寺にある。
石川型。嘉永6年(1853)富田林寺内町の御坊町新調。墨跡あり。大工、彫師は不明。明治中期購入。
平成7年に吉為工務店(吉野寿久)で修復。その際に獅子噛、拝懸魚、箱棟、懸魚などの彫物新調。

土呂幕は平成7年、吉為工務店贈呈。「青地に波に千鳥。半菊一文字と伏見堂青年団」の染め。
飾幕は平成8年、太鼓正で復元新調。表は「三国志?」、裏は「青龍」。
 ≪大屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
箱棟:「牡丹に唐獅子」。
懸魚:前は「宝珠をつかむ青龍」、後ろは「駿馬」。
車板:前は「青龍」、後ろは「玄武」。
屋根虹梁:「雲」。
枡合:正面は「青龍」、左右は「唐子二十四孝4面」。
 ≪小屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
箱棟:「牡丹に唐獅子」。
懸魚:「鷲」。
車板:「唐子の花車曳き」。
枡合:正面は「青龍」、左右は「唐子二十四考2面」。
虹梁:上段は「牡丹に唐獅子」、中段は「青龍」、下段は「雲」。
屋根虹梁:「雲」。
木鼻:上段は「牡丹」、下段は「獏」。
絵振板:「唐松」。
勾欄合:「力神」。
=堺型。昭和24年頃に泉大津市森(先々代)より購入。実は上之町のを購入しようと“小西寅松”に行ったが、1日違いで森が買ったので森の地車を買ったと云われている。大工は不詳。彫師は彫又か?。
平成26年(2014)3月16日、修復入魂式。大下工務店による。屋根野地板の張替え、地垂木の交換、彫刻繕い など。
以前は平成6年植山工務店で修復。
 ≪大屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
拝懸魚:前は「朱雀」、後ろは「鷲」。
車板:「宝珠をつかむ青龍」。
屋根虹梁:「板虹梁」。
枡合:三方「唐子仙人遊び」。
虹梁:上段は「板虹梁」、中段は「鶴」、下段は「夫婦唐獅子」。
 ≪小屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
拝懸魚:「朱雀」。
車板:「鶴」。
屋根虹梁:「板虹梁」。
枡合:三方「唐子仙人遊び」。
虹梁:上段は「牡丹に唐獅子」、中段は「青龍」、下段は「雲」。
屋根虹梁:「板虹梁」。

勾欄:「牡丹」。
縁葛:「雲海に青龍」。
脇障子:「雲海に青龍」。
柱巻き:「昇龍、降龍」。
持送り:「唐獅子 松竹梅」。
脇障子:「雲海に青龍」。
三枚板:右は「景陽岡に武松トラを討つ」、左は「獅子退治」。
土呂幕:正面は「竹に親子虎」、左右は「武者物、騎馬武者」。
幟台:「力士」。

 
往古は明治期に個人が五條より買ってきたが、村の反対で曳けずに2年ほど据え置かれたが、売却したそうである。 
 【地車廃絶】
横山=言い伝えによると、大人の背丈よりも少し高い位の地車というべきか屋台的なものはあったらしいが、自然に潰れたらしい。
時期は遅くとも昭和初期。おそらく大正以前らしい。しかしその際に使用されていた太鼓は横山町内の某家に現存しているらしい。        
龍泉886 咸古神社 10/17 地車廃絶 龍泉、甘南備、蒲 
龍泉=往古に地車は龍泉寺まで長い坂を登り、境内右横の咸古神社に宮入りしたと云われる。 
ちなみに大正12年生まれの人は見たことが無いとのこと。

甘南備
=明治中期に事故を起こしたため佐備方面に売却したとも、現存の太鼓に明治34年?張替え?と書いてあるのでひょっとすると明治41年に甘南備の咸古佐備神社が咸古神社に合祀した時に神社が山の上なので売却?とも云われているが?


=甘南備の枝村にあたる。戸数は22戸足らずだが明治期には地車があったと伝えられる。太鼓は現存されていて大きさから河南町の持尾のサイズ位かと識者は言っているが?

 ≪南河内郡≫     
 太子町
山田3778 科長神社 7/4土日 神輿 平成15年修復
地車5台 東条町、後屋町、永田、西町、大道町
 ≪祭礼の歴史≫
 ■明治期
 明治後期に例祭日が旧暦の6/8が7/27となる。
詳しい年は不詳だが、明治45年発行の「明治神社誌料」には例祭日が7/27と記されているのでその直前か?
 ■昭和初期
 例祭日は7/27。昼間に地車、夜に神輿を出した。曳き歌は宮入りの伊勢音頭のみと云われる。
俄や三番叟は行っていた。

 ■昭和後期
 昭和後期より例祭日は7/27に近い土日に変更。提灯は1日中外さず、夜も地車曳行を行う。
曳き歌は宮入り以外にも歌われ、伊勢音頭以外も歌うようになる。

八社太鼓は昭和50年頃より例祭に奉納。
 ■平成
 マイクとスピーカーが使用される。夜の曳行は1つの場所に5町が集まるようになり、提灯も派手になり、八社連合・五心会が作られる。どの町も宮入り時に伊勢音頭を歌うようになる。
神輿平成15年、約100年ぶりに修復。以前は明治36年(1903)に修復。
東条町=船型。永田の初代地車で新調につき、盆踊りの櫓と交換して入手。船尾に磯長丸と記されている。
天明7年(1787)制作。これは平成27年の修復時に大屋根面後の枡合に[天明七未年■■(夏?)という墨書きが発見されたことによる。
彫師は佐武宗七。これは平成27年の修復時に大屋根面後の枡合に■■■■彫物一式■(佐)武宗七 六十一歳之■■■」と墨書きが発見されたことによる。
平成27年(2015)3月1日、修復入魂式。文化庁認定 文化遺産を活かした地域活性化事業で大下工務店による修復。
躯体の復元、彫刻の洗い・繕い、錺金物の新調、大屋根を上げ下げするからくりの復元など。
 以前の修復は川井工務店で平成11年、修復。                
大阪府最古の地車と思われる。

 ≪大屋根廻り≫  
拝懸魚:正面は「朱雀」、後ろは「飛龍」。
車板:正面は「?」、後ろは「西王母 武帝に桃を献ず」。
枡合:「花鳥風月」。
 ≪小屋根廻り≫ 
拝懸魚:「鶴」。
車板:「青龍」。

枡合:「花鳥風月」。
後屋町=船型。江戸末期制作。制作年・大工 は不詳。彫師は堺「彫又」説もあり。
平成21年4月26日、修復入魂式。大下工務店による。洗い・締直しの他、飾金物を再メッキ(一部新調)。

水引幕は「群仙図」。
 ≪大屋根廻り≫  
鬼板:正面は「鬼を捕まえる鍾馗」、後ろは「猩々舞」。
懸魚:正面は「松に鶴」、後ろは「松に鷲」。
車板:正面は「天の岩戸」、後ろは「松」。
枡合:「二十四孝」。
 ≪小屋根廻り≫ 
鬼板:「牡丹に親子唐獅子」。
懸魚:「猿の親子」。
車板:「唐子遊び」。
永田=岸和田型。4代目。明治28年制作。大工は絹井嘉七。彫師は玉井行陽。太鼓正より平成8年購入。
経路は岸和田市門前町新調⇒同市神弥町⇒同市春木中町の個人へその後、同町へ寄贈⇒和泉市黒鳥郷小路⇒「太鼓正」⇒永田。
土呂幕:「難波戦記」。
見送り:「大坂冬の陣」。

 田中家の「永代帳」には寛政11年(1799)に「町内壇尻入用」とある。
 三先代は文政年間に東条町と盆踊りの櫓と交換。これは焼失した船地車を購入したためだと思われる。
 先々代は昭和49年、祭りの後のコマの摩擦熱により焼失。船首に龍を備えつけた船だんじりだった。現在は船首の龍(長さ175cm)と水引のみが残っている。
 先代は昭和49年に中河内から中古地車を購入。現・地車の下取りに使われる。
山田西町=石川型。梁材の墨書きでは天保3年(1832)制作。大工は大坂 喜兵冶。彫師は相野伊兵衛。
平成9年修復。修復時に三枚板、土呂幕、台木を付ける。
平成23年7月17日、修復入魂式。大下工務店による。
平成28年(2016)2月28日、修復入魂式。
文化庁認定 地域活性化事業により、大下工務店により台木、肩背棒、箱棟の復元修理。土台の鯉が泳いでいる彫刻がより深くなる。
また後梃子を追加。

水引幕:「竹林の七賢人図」。
 ≪大屋根廻り≫  
拝懸魚:「夫婦獅子」。
屋根虹梁は板虹梁。
枡合:「松、鶴、朱雀」。
車板:「七福神」。
 ≪小屋根廻り≫  
拝懸魚:「牡丹に唐獅子」。
車板:「鳥獣」。
屋根虹梁:「板虹梁」。
 ≪腰廻り、見送り廻り≫
三枚板:正面は「青龍」、左右は「唐獅子」。
  地車小屋の改築の際、その棟木に文政8年(1825)建立とあることから、その頃には地車があったと思われる。
大道町=南河内型。文化4年(1807)制作。
彩色師は漁仲勝治郎 忠信。彫師は小松源蔵。平成15年植山工務店で修復。

大道の豪農・伊達家の寄贈とか宮入道中の細道で屋根がつかえるので軒先部が切り取られたという伝承あり。

水引幕は「富士の巻狩り図」。
 ≪大屋根廻り≫  
懸魚:「鳳凰」。
枡合:正面は「竹林の七賢人」、右前は「琴高仙人、盧傲仙人」、右後ろは「傘風子仙人、費張房仙人」、左前は「張果老仙人、西王母」、左後ろは「豊干禅士、武志子仙人」。
車板:「黄石公と張良」。
虹梁:正面は「青龍」、左右は「花鳥物」。

 ≪小屋根廻り≫  
懸魚:「鷲に猿」。
車板:「許由と巣父」。
枡合:正面は「竹林の七賢人」、右は「仙人」、左前は「蝦蟇仙人」、左後ろは「鉄拐仙人」。
虹梁:正面は「龍宮、珠取姫」、右は「花車曳き」、左は「司馬温公の瓶割り」。

春日1642 春日神社 7/2土日 町内地車3台 栄町、寿町 、東町
神賑
(13:00〜)例祭、(13:30〜)八社太鼓奉納、(14:00〜)景品付き餅つかみ取り
従来地車がなかったが、昭和58年頃に有志により子供地車を作ったが、現在は出ていない。
 ★展示場
 【太子町立竹内街道歴史資料館】
太子町大字山田1855。рO721−98−3266。9:30〜17:00(入館は16:30まで)。
休館日は月曜&火曜。(その日が祝祭日の場合は、その翌日)・12月26日〜1月7日。
旧・地車化粧幕=文政2年の作。永田町会の寄贈。

 ≪河南町≫
 【河南町町制60周年記念 だんじりパレード】
平成28年(2016)11月13日開催。
主催は河南町町制施行60周年記念だんじりパレード実行委員会。
式典:12:30〜13:00(白木 多目的広場
パレード:13:00〜15:30(多目的広場⇔サンヨーメディカル 近く)
 ■参加地区
石川地区:一須賀、山城、大ヶ塚、東山
白木地区:白木、長坂、今堂、寺田、南加納、北加納、平石
河内地区:下河内
中村地区:芹生谷、馬谷、中、神山、寛弘寺
一須賀629 壱須賀神社 10/3土日 神輿
地車6台 一須賀、山城、大ヶ塚、東山、南大伴、北大伴
宮入りは土曜。
一須賀=地車小屋は一須賀田中町会館前。
=にわか(石川型)地車。明治中期〜後期制作。大工は不詳。彫師は彫又一門。
創建当時村内は4つに分かれ、各地区が所有を主張、いっそのこと2台購入案上一須賀(田中町・南町)と下一須賀(下之町・東町)の2台制作案もあったが、近隣の大ヶ塚の名士が仲裁に入り1台の購入にこぎつけたと云われている。
平成4年、梶内だんじり店で修復。
 ≪大屋根廻り≫  
飾目:前は「青龍」、後ろは「龍尾」。
拝懸魚:前は「珠取海女」、後ろは「朱雀」。
車板:前は「富士の巻狩り」、後ろは「九尾の狐」。
枡合:【源平戦記】正面は「敦盛呼び戻す熊谷次郎直実」、右は「景清綴引き」、左は「義経八艘飛び」。
屋根虹梁は「拝龍」。
虹梁:上段は「菊」、中段は「青龍」、下段は「唐子二十四孝」。
 ≪小屋根廻り≫  
飾目:「青龍」。
拝懸魚は「中国列仙伝  費張房」。
車板は「牛若丸鞍馬山修業」。
枡合:【三国志】正面は「張飛・関羽」、右は「劉備玄徳壇渓を跳ぶ」、左は「孔明泣いて馬しょくを斬る」。
屋根虹梁:「拝龍」。
虹梁:上段は「菊」、中段は「青龍」。

棟飾りは「阿吽の青龍」。
勾欄は「牡丹に夫婦獅子」。
山城=地車小屋は平成16年(2004)移転新築。
石川型。江戸末期の年か?。大工は不詳。彫師は彫又一門。
明治期、奈良県当麻あたりより購入と言い伝えあり。
平成元年、植山工務店で大修理。
平成19年、洲本市の南実業で修復。台木交換 など。
 ≪大屋根廻り≫  
拝懸魚:前は「朱雀」、後は「松に鷲」。
車板:「富士の巻狩り。
枡合:「猩々」。      
虹梁:上段は「牡丹に唐獅子」、下段は「板虹梁」。
 ≪小屋根廻り≫  
拝懸魚は「青龍」。
車板:「仁田四郎忠常猪退治」。
虹梁:上段は「牡丹に唐獅子」、下段は板虹梁。屋根虹梁は板虹梁。
枡合:「猩々」。
棟飾り:「唐獅子」。
勾欄:「力士」。
大ヶ塚=地車小屋は昭和50年建造。地車新調に先立ち平成18年(2006)10月7日、改修格納庫の祈祷式を行う。
平成18年(2006)10月8日、新調入魂式。搬入は前日。石川型地車。
長さ5.6m。本体長さ3.33m。内幅0.85m。高さ4.28m。
大工は平野区の河合工務店≪大市≫(河合伸一)。彫師は御堂彫刻(中村行宏)、木彫山本(山本仲伸)。
本体制作費は3、780万円。
=平成18年(2006)制作。滑ヨ西総合商社の作。
 ≪大屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
箱棟:「雲に飛龍」。
拝懸魚:正面は「鳳凰」、後ろは「雲に鶴」。
隣懸魚:正面は「松に鶴」、後ろは「梅に鶯」。
車板:正面は「天の岩戸」。
枡合:正面右は「太子喬」、正面左は「梅福仙人」、右前は「琴高仙人」、右後ろは「櫨傲仙人」、左前は「豊干」、左後ろは「張果老」
虹梁:上段【三国志演義】正面は「桃園結義」、右前は「煮酒論英雄」、右後ろは「三顧茅廬」、左前は「封金掛印」、左後ろは「義釋厳顔」。
 中段 正面は「親子龍」、右前は「雲に拝龍」、右後ろは「雲に拝龍」、左前は「雲に拝龍」、左後ろは「宝珠を掴む拝龍」。
 下段【太平記】正面右は「楠正成 笠置にて後醍醐天皇に拝謁す」、正面左は「後醍醐帝 南枝の下の御座の夢を見る」、右前は「後醍醐天皇 隠岐より帰る」、右後ろは「新田義貞 稲村ヶ崎投剣の場」、左前は「村上義光 錦の御旗奪還」、左後ろは「大塔宮護良親王の最期」。
 ≪小屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
箱棟:「雲に飛龍」。
拝懸魚:「雲に飛龍」。
隣懸魚:「雲に獏」。
車板:「八岐大蛇退治」。
枡合:正面右は「蝦蟇仙人」、正面左は「李鉄拐」、右は「藍采和」、左は「呂洞賓」。
虹梁:上段【三国志演義】正面は「三分帰一統」、右は「木牛流馬」、左は「利骨癒傷」。
 中段 正面は「親子龍」、右は「雲に青龍」、左は「宝珠を掴む青龍」。
 下段【太平記】正面は「楠公父子 桜井の別れ」、右は「四条畷の戦い」、左は】「湊川の戦い」。
 ≪腰廻り≫
勾欄合:「二十四考」。


 享保2年(1802)の「吉岡家年代記」に上太子大開帳の際に大ヶ塚より幟2本、壇尻、提灯2本、御所車、花壇尻などが出たと書かれている。
 往古、地車は2台あった。これは地内の南町・西町・市場町の鎮守は山城村の降旗大明神。地内の乾町・東町の鎮守は一須賀村の天満大自在天神と2社あったためである。
西組の地車小屋は竹綱酒造の裏に地車小屋があったという。
 昭和初期に国分方面より岸和田型を購入するが気に食わないのですぐ売却と伝えられる。
 先代は石川型。某所より中古地車購入。平成18年(2006)3
/19、昇魂式。200万円で藤井寺市林へ売却。
東山=地車小屋は東山地区・老人集会所横。
にわか(石川型)地車。江戸末期制作。大工、経路等 不詳。彫師は彫又一門。
平成2年、植山工務店で修理。
平成16年(2004)、平野区喜連の河合工務店≪大市≫で修復。彫師は松本幸規。彫物は車板、虹梁等以外は新調。寸法も大きくなる。
改修時に取り替えた大屋根正面の懸魚より「細工人彫物屋又兵■」の墨書きあり。

 ≪大屋根廻り≫  
獅噛み二面。
拝懸魚:「牡丹に唐獅子」。
枡合:「富士の巻狩り」。 
車板:前は「富士の巻狩り」、後ろは「雲海」、三方は「富士の巻狩り」。
虹梁:上段は「青龍」、下段は板虹梁。
 ≪小屋根廻り≫
拝懸魚:「飛龍」。
車板:「青龍」。
屋根虹梁:「板虹梁」。
虹梁:上段は「青龍」、下段は板虹梁。
匂欄:「唐獅子」。
枡合:三方は「富士の巻狩り」。
南大伴=にわか(石川型)地車。制作年は明治期。大工は不詳。彫師は彫又一門。
平成16年に吉為工務店で大改修。
 ≪大屋根廻り≫ 
鬼板:「獅噛み」。平成16年、修復時に新調。
拝懸魚:正面は「朱雀」、後ろは「飛龍」。朱雀は平成16年、修復時に新調。
枡合:正面は「麒麟」、側面は「青龍」。
車板:前は「牛若丸鞍馬山修行の場」、小は「加藤清正虎退治」。
屋根虹梁:「拝龍」。 
虹梁:上段は「富士の巻狩り」、中段は「青龍」、下段は「源平戦記」。

 ≪小屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。平成16年、修復時に新調。
拝懸魚:「鷲の猿つかみ」
枡合:「青龍」。
車板:「加藤清正虎退治」。
屋根虹梁:「拝龍」。
虹梁:上段は「富士の巻狩り」、中段は「青龍」、下段正面は「牛若丸 弁慶五条大橋の出会い」、下段右は「平知盛の最期」。


棟飾り:「牡丹に唐獅子」。平成16年、修復時に新調。
勾欄合:「親子唐獅子」。
台輪:「菊」。
絵振板:「飛龍」。
組物:「三手先」。
木鼻:上段は「獏」、側面は「獅子」。
北大伴=石川型。白木の先々代にあたる。
制作年は明治期。大工は不詳。彫師は彫又一門。平成6年、彫忠で修復。
平成26年9月28日、修復入魂式。吉為工務店で修復。屋形を全て新調。獅噛み3丁を交換。彫師は山本陽介。
 ≪大屋根廻り≫  
獅噛み二面。
拝懸魚:前は「飛龍」、後ろは「「朱雀」。
車板:「牛若丸 鞍馬山修行の場」。
枡合:三方「青龍」。
車板:前は「牛若丸鞍馬山修行の場」、後ろ
虹梁:上段は「牡丹に唐獅子」、中段は「青龍」、下段は「唐子二十四考」。
 ≪小屋根廻り≫
獅噛み
拝懸魚:「青龍」。
車板:「司馬温公の瓶割り」。
屋根虹梁:「拝龍」。
枡合:三方「青龍」。
虹梁:上段は「牡丹に唐獅子」、中段は「青龍」。

勾欄・棟飾り:「牡丹に唐獅子」。
 【新興町】
楠町
(府営大伴住宅。北大伴より独立)=町内地車。昭和62年太鼓正より購入。所曳き。
平石484 磐舟神社 10/3土日 神輿
地車2台 平石、持尾
平石=地車小屋はバス停近く。
石川型。
制作年、大工 等は不詳。
明治期に美具久留御魂神社の氏地より購入と伝わる。
富田林市木戸山では往古の地車は平石に売却したと云われる。
平成26年(2014)9月7日、入魂式。大下工務店で修復。
本体、彫刻の洗い、錺金具の新調。柱を取替し17cm高くした。
 ≪大屋根廻り≫  
獅噛み二面。
拝懸魚:前は「朱雀」、後ろは「青龍」。
枡合:「波に青龍」。 
車板:「青龍?」。
屋根虹梁:「波」。
虹梁:上段は「波に青龍」、下段は「牡丹に唐獅子」。
 ≪小屋根廻り≫
獅噛み
拝懸魚:「青龍」。
車板:「?」。
枡合:「波に青龍」。
屋根虹梁:「波」。
虹梁:上段は「波に青龍」、下段は「牡丹に唐獅子」。
 ≪腰廻り≫
棟飾り:「雲」。
台輪:「牡丹」。
絵振板:「松」。
勾欄合:「浜千鳥 牡丹」。
組物:「二手先」。
木鼻:「牡丹 獏」。
尾垂木:「彫物」。              
持尾=石川型。某所より購入。二代目。平成3年植山工務店で修復。
 平成27年(2015)現在、平成19年を最後に地車を出していない。 
 ≪大屋根廻り≫  
獅噛み二面。
拝懸魚:「朱雀」。
枡合:三方「松竹梅 唐獅子」。 
車板:「青龍」。
 ≪小屋根廻り≫
獅噛み
拝懸魚:「青龍」。
車板:「青龍」。
屋根虹梁:「板虹梁」。
虹梁:板虹梁。
枡合:三方は「飛龍」。 

 ≪千早赤阪村≫
水分357 建水分神社 10/3土日 神輿 あり
地車22台
水分、森屋、川野辺、二河原辺、桐山
河南町[芹生谷、中、神山、寛弘寺、白木、長坂、今堂、寺田、長坂、今堂、南加納、北加納、下河内
富田林市[南別井、北別井、東板持〕
宮入りせず 馬谷、上河内、弘川、青崩
 【地車宮入り順】
通常「地車の宮入り」とは、神社境内に地車が入場することをいうが、建水分神社においては御旅所(叡の前)に入場集合する事をいう。
宮入り順は、原則的に「水上順」として、神社を起点に川上から川下へと決められた。
 尚、地車の宮入りは土曜で当該地区の諸事情により、宮入りを差控える地区もあるが、ここ数年の宮入り台数は18台前後である。

@水分、A森屋、B川野辺C二河原辺、D桐山、E芹生谷、F中、G神山、H寛弘寺、I白木、J長坂、K今堂、L南別井、M北別井、N寺田、O南加納、P北加納、Q東板持、R下河内
 (@〜D=千早赤阪村、E〜K、N〜P、R=河南町、L、M、N=富田林市)
 【千早赤阪村】
水分=石川型。二代目。明治10年代〜20年代制作。
大工は新堂大工組。彫師は西岡弥三郎と思われる。
北新堂大工町より購入。
平成27年(2015)3月1日、修復入魂式。文化庁認定 地域活性化事業で吉為工務店により施工。
本体の復元・洗い・台木の交換・彫刻の洗いなど。
前回の修復は平成元年で元年吉為工務店で修復。
 ≪大屋根廻り≫
獅噛み二面。
拝懸魚:前は「青龍に雲」、後ろは「朱雀」。
車板:前は「牛若丸 修行の場」、後ろは「麒麟」。
枡合:「麒麟」。
虹梁:上段は「三位頼政鵺退治・大江山酒呑童子退治・為朝大鷲退治」、中段は「雲に龍と天女」、下段は「牡丹に唐獅子」。
屋根虹梁は「雲に拝龍」。
 ≪小屋根廻り≫
獅噛み」。
拝懸魚:「鷲の猿つかみ」。
車板:「加藤清正虎退治」。
枡合:「麒麟」。
虹梁:上段は「那須与一扇の的を射る」、中段は「雲に龍」、下段は「大胡小橋太柄六郎を討つ」。
屋根虹梁:「青龍」。  
森屋=石川型。安政2年(1855)制作。墨書きに大工南加納 梅吉とある。彫師は相野一門か?。
桐山と交換とも中の先代とも云われるが?
昭和62年大修理。大工は植山工務店。大屋根獅噛みの拝龍を筒井和男が彫る。
平成21年9月13日、修復入魂式。大工は植山工務店。
 ≪大屋根廻り≫
飾目:前は「拝龍」、後ろは「親子獅子」。
拝懸魚:前は「松と鷲」、後ろは「雲」。
車板:前は「富士の巻狩り」、後ろは「富士の巻狩り」。
屋根虹梁:「板虹梁」。
枡合:「牡丹に唐獅子」。
虹梁:上段は「水に青龍」、下段は「板虹梁」。
 ≪小屋根廻り≫
飾目:「竹に虎」。
拝懸魚:「水に飛龍」。
屋根虹梁:「板虹梁」。
枡合:正面は「劉備玄徳壇渓を跳ぶ」、側面は「三国志」。
虹梁:上段は「水に親子唐獅子」、下段は「板虹梁」。

棟飾り:「牡丹に唐獅子」。
絵振板:「松に鶴」。
勾欄合:「十二支 鶴 他」。
組物:「一手先」。
尾垂木:「龍」。  

 先代は桐山へ。
川野辺=石川型。明治10年代〜20年代制作か?。
大工は中野の小寺新平か?。彫師は不詳。
明治末期に60円程で下河内より購入。
平成6年吉為工務店で修復。
平成28年(2016)2月28日、修復入魂式。
文化庁認定 地域活性化事業により、吉為工務店が洗い、彫刻繕い、錺金物鍍金尚し。

 ≪大屋根廻り≫
飾目:前は「獅噛み」、後ろは「親子獅子」。
拝懸魚:「青龍」。
車板:「飛龍」。
屋根虹梁:「拝龍」。
枡合:三方「唐獅子」。
虹梁:上段は「牡丹」、中段は「青龍」、下段は「松」。
 ≪小屋根廻り≫
飾目:「唐獅子」。
拝懸魚:「朱雀」。
屋根虹梁:「拝龍」。
絵振板:「松」。
枡合:三方「唐獅子」。
虹梁:上段は「牡丹」、中段は「青龍」、下段は「松」。
桐山=石川型。江戸末期〜明治初期の制作か?。大工不詳。彫師は相野一門か?。
森屋と交換か?。平成8年、吉為工務店で修復。

幕は平成19年(2007)4/1、梶内だんじりより納品。正面は「楠公子別れ櫻井の駅」、右は「龍」、左は「楠木正成」。
先代幕は「富士の巻狩り」。
 ≪大屋根廻り≫
飾目:前は「青龍」、後ろは「龍尾」。
拝懸魚:前は「朱雀」、後ろは「鶴」。
車板:「神功皇后」。
屋根虹梁:「板虹梁」。
枡合:三方「三国志」。
虹梁:上段は「板虹梁」。
 ≪小屋根廻り≫
飾目:「青龍」。
拝懸魚:「鷲の猿掴み」。
屋根虹梁:「板虹梁」。
絵振板:「飛龍」。
枡合:三方「三国志」。
勾欄:「浜千鳥」。
二河原辺=五枚板大和型。江戸末期〜明治中期制作。
大工不詳。彫師は相野得兵衛、〃徳兵衛、〃伊兵衛。
大正初期に奈良県の新庄町弁之庄より購入。
土呂幕:「唐子千人遊び・牡丹に親子唐獅子」。
見送り(五枚板):右下は「黄石公と張良の出会い」、右中は「名伯楽」、正面は「獅子の子落とし」、左中は「?」、左は「漢高祖龍退治」。
 【河南町】 
芹生谷
=石川型。明治19年(1886)創建。大工は久保新冶郎(新堂村)箱棟に書かれてあり。彫師は3代目小松源助。
 平成26年(2014)2月23日、修復入魂式。文化庁認定 地域活性化事業による。
池内工務店により、屋形の新調、彫刻の洗いと繕い、錺金物のメッキ直し 等。
 ≪大屋根廻り≫
拝懸魚:「朱雀」。
車板:「天の岩戸」。
枡合:正面は「唐獅子」、左右は「牡丹」。
虹梁【富士の巻狩り】:正面は「頼朝本陣」、右は「巻狩風景」、左は「仁田四郎猪退治」、下段三方は「青龍」。
屋根虹梁:「青龍」。
 ≪小屋根廻り≫ 
拝懸魚:「鷲の猿つかみ」。
車板:「牛若丸鞍馬山修業の場」。
枡合:「牡丹に唐獅子」。
虹梁:上段は「富士の巻狩り」、下段は「青龍」。
屋根虹梁は「青龍」。
 ≪腰廻り、見送り廻り≫
勾欄:「干支づくし」。
棟飾り:「牡丹に唐獅子」。 
=石川型。明治前期制作。地元の大工作。彫師は小松源助(8代目)。
平成3年天野工務店にて修復。
平成26年9月21日、修復入魂式。文化庁認定 地域活性化事業。大下工務店で修復。洗い・締め直し・枠交換。水引幕復元。
 ≪大屋根廻り≫
拝懸魚:前は「朱雀」、後ろは「飛龍」。 車板:前は「天の岩戸」、後ろは「司馬温公の瓶割り」。
枡合:正面は「楠公父子桜井の別れ」、右左は「中国列仙伝 琴高仙人他」。
虹梁:上段は「青龍」、下段は「敦盛呼び戻す熊谷次郎直実」。
 ≪小屋根廻り≫
拝懸魚:「鷲の猿つかみ」。
車板:「牛若丸鞍馬山修業の場」。
屋根虹梁:「拝龍」。
枡合:正面は「宇治川先陣争い」、左右は「猩々」。
虹梁:上段は「青龍」、下段は「牛若丸弁慶五条大橋の出合い、牡丹」。
 ≪腰廻り、見送り廻り≫
棟飾り:「牡丹に唐獅子」。
勾欄:「牡丹に唐獅子」。

 先代は喜志村に売られたが鳥居に引っかかるので森屋?に転売。

 大佐の「地車請取帳」には大正11年「南河内郡中村大字中 北口房吉様 小まや」とあるが?
神山=石川型。制作年、大工、彫師 等不詳。
明治末期に吉年より購入。2代目。
平成元年天野工務店で修復。その後、吉為工務店の修復時に大型化。
 ≪大屋根廻り≫

拝懸魚:前は「青龍」、後ろは「松に鷲」。
車板:前は「松に鶴」、後は「松」。
枡合:「雲海」。
虹梁:上段は「青龍」、下段は「唐子二十四孝」。 
 ≪小屋根廻り≫
拝懸魚:「松に鵲」。
車板:「青龍」。
屋根虹梁:「板虹梁」。
枡合:「雲海」

虹梁:上段は「雲に青龍」、下段は「唐子二十四孝」。
 ≪腰廻り、見送り廻り≫
脇障子:「中国列仙伝」。

 先代は2台あり、1台は廿山へ。もう1台は個人。
寛弘寺=石川型。大工は不詳。彫師は寺田卯ノ松。
明治期に千早赤阪村千早より購入かと聞くが、
上地車新報43号には、奈良県当麻方面より購入。またこの地車の尾垂木に美具久留御魂神社の神紋があるので、元々は美具久留御魂神社氏地の地車と思われるとあり。
平成21年10月4日、修復入魂式。吉為工務店にて修復。

飾り幕は「富士の狩場風景」。
土呂幕は「伊勢海老」。先代の復元新調。
 ≪大屋根廻り≫

拝懸魚:前は「鷲の猿つかみ」、後ろは「鶴」。
車板:「富士の巻狩り」。
屋根虹梁:「板虹梁」。
枡合:「唐獅子」。

虹梁:上段は「青龍」、下段は「牡丹」。
 ≪小屋根廻り≫  
拝懸魚:「牡丹に唐獅子」。
車板:「仁田四郎猪退治」。
屋根虹梁:「板虹梁」。
枡合:「唐獅子」。
虹梁:上段は「青龍」、下段は「牡丹」。
勾欄:「牡丹に唐獅子」。
棟飾り:「牡丹に唐獅子」。

 先代はあったが、事故のため解体か?
白木=石川型。平成元年制作。大工は八尾の川井工務店(川井正勝)。彫師は醒ヶ井彫刻。
飾目・懸魚・木鼻は先代地車の彫物を利用。
平成28年(2016)10月1日(土)修復入魂式。池内工務店により文化庁認定 地域活性化事業により修復。
本体&彫刻洗い・屋根板張替え・彫刻繕い など。
刺繍幕の復元修復は辰美工芸。
 ≪大屋根廻り≫  
拝懸魚:「朱雀」。隣懸魚:「麒麟」。
車板:前は「雲海」、後ろは「雲海」。
屋根虹梁:板虹梁。
枡合:「夫婦唐獅子」。 
 ≪小屋根廻り≫      
車板:「青龍」。
拝懸魚:「朱雀」。隣懸魚:「飛龍」。
枡合:「鶴」。

 先々代は富田林市北大伴へ。
 先代は昭和63年まで曳かれ、新調を機に遥拝所に放置されていたが、柏原市国分東町が譲り受ける。
長坂=石川型。制作年、大工、彫師は不詳。平成21年、隆匠で修復。
明治期、富田林寺内町より購入と云われるが、上東阪では明治後期に下出(下東阪)とけんかして河南町の長坂に売却と伝えられる。
 ≪大屋根廻り≫
獅噛み二面  
拝懸魚:「青龍」。
車板:前は「朱雀」。
屋根虹梁:板虹梁。
枡合:「青龍」。 
虹梁:上段は「青龍」、下段は「唐子二十四孝」。
 ≪小屋根廻り≫
獅噛み     
拝懸魚:「鷲」。
枡合:「青龍」。
屋根虹梁:板虹梁。
虹梁:上段は「青龍」、下段は「唐子二十四孝」。

勾欄:「牡丹に唐獅子」。
今堂=石川型。江戸末期の作か?。大工は新堂村亀○。彫師は彫又一門。
明治6年、美具久留御魂神社氏子の平より購入。
平成6年;植山工務店で修復。
平成28年(2016)2月21日、修復入魂式。
文化庁認定 地域活性化事業により、池内工務店が洗い、締め直し、柱・台木の取替。
 ≪大屋根廻り≫ 
飾目:前は「牡丹に親子唐獅子」、後ろは「唐獅子」。
拝懸魚:「飛龍」。
車板:「牛若丸鞍馬山修行の場」。
屋根虹梁:「板虹梁」。
枡合:三方「青龍」。
虹梁:上段は「牡丹に唐獅子」、下段は「板虹梁」。
 ≪小屋根廻り≫      
飾目:「牡丹に親子唐獅子」。
拝懸魚:「鷲の猿つかみ」。
車板:「牛若丸 弁慶五条大橋の出会い」。
枡合:三方「青龍」。
虹梁:上段は「牡丹に唐獅子」、下段は「板虹梁」。
寺田=石川型。明治初期には既にあり。改修で一回り小さくした。
平成25年(2013)6月30日、河合工務店で修復。
また井波の野原湛水により獅子噛三面、箱棟、拝懸魚三面、絵振板二面、勾欄小板 等が復元新調。
以前は平成4年植山工務店で改修。
 ≪大屋根廻り≫
拝懸魚:前は「朱雀」、後ろは「飛龍」。
車板:前は「牛若丸鞍馬鞍馬山修業の場」、後ろは「布袋和尚と唐子」。
屋根虹梁は板虹梁。枡合は「唐子二十四孝」。
虹梁:上段は「竹に虎」、中段は「青龍」、下段は「牡丹に唐獅子」。
 ≪小屋根廻り≫  
拝懸魚:「鷲」。
車板:「牛若丸 弁慶五条大橋の出会い」。
絵振板:「飛龍」。
枡合:「唐子二十四孝」。
虹梁:上段は「竹に虎」、中段は「青龍」、下段は「牡丹に唐獅子」。

勾欄:「牡丹に唐獅子」。
棟飾り:「牡丹に唐獅子」。

 先代は奈良方面に売却。
南加納=北河内型。明治期に大東市津之辺で新調。昭和11年頃に東大阪市加納より購入。大工、彫師は不詳。
平成8年、彫忠で修理。
 ≪大屋根廻り≫
拝懸魚:前は[千両小判をつかむ鷲]、後ろは「鷲の猿つかみ]。
隣懸魚:「鶴」。
車板:主は「波に青龍]、小は「谷越え獅子」。
枡合:「親子唐獅子、麒麟」。
 ≪小屋根廻り≫  
拝懸魚:「鷲の猿つかみ」。
車板:「谷越え獅子」。
枡合:三方「親子獅子」。

絵振板:「牡丹」。
土呂幕:「狐格子」。

 先代は大和に売却と伝えられる。
北加納=石川型。制作年、大工 等は不詳。平成7年に植山工務店で修復。

飾り幕は「楠公子別れ 櫻井の駅」。
 ≪大屋根廻り≫ 
獅噛み二面。
拝懸魚:前は「朱雀」、後ろは「松」。
車板:前は「宝珠をつかむ青龍」、後ろは「松に鶴」。
屋根虹梁:「板虹梁」。
枡合:三方「青龍」。
虹梁:上段は「唐子二十四孝」、下段は「板虹梁」。
 ≪小屋根廻り≫ 
獅噛み。
拝懸魚:「宝珠をつかむ青龍」。絵振板:「麒麟」。
車板:「司馬温公の甕割り」。
屋根虹梁:「板虹梁」。
枡合:三方「青龍」。
虹梁:上段は「唐子二十四孝」、下段は「板虹梁」。

勾欄:「牡丹に唐獅子」。
下河内=石川型。平成11年(1999)7月24日(土)新調入魂式。大工は吉為工務店。彫師は木彫 彫義(松並義孝)。
 ≪大屋根廻り≫
拝懸魚:前は「朱雀」、後ろは「宝をつかむ青龍」。
隣懸魚:前は「青龍」、後ろは「孔雀」。
車板:前は「天の岩戸」、後ろは「雲海」。
屋根虹梁は「拝龍」。
枡合:「太平記」。
虹梁:上段は「牡丹に唐獅子」、下段は「青龍」。
 ≪小屋根廻り≫
拝懸魚:「鷲の猿つかみ」。隣懸魚:「猿」。
車板:「素盞雄尊八岐大蛇退治」。
屋根虹梁:「牡丹に唐獅子」。
絵振板:「玄武」
枡合:【源平合戦】正面右は「那須与一扇の的を射る」、正面右は「常磐母子都落ち」。
虹梁:上段は「牡丹に唐獅子」、下段は「「青龍」。
勾欄:「十二支」。


 先々代は喧嘩のため川野辺へ60円で売却。
 先代は大正初期に誉田八幡宮の氏地〔鍛冶町か?)より購入。新調に伴い河内長野市の汗成塾育成会へ。
 【富田林市】
南別井=石川型。制作年、大工 等は不詳。彫師は彫又一門と思われる。
昭和63年、植山工務店で修復。その時に錺金具を付ける。
平成27年(2015)10月4日、修復入魂式。大工は河合工務店。彫師は山本陽介。
大屋根箕甲・破風板と彫刻の一部を残して小屋根・枡組・柱・台木を入れ替える大改修。
 ≪大屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み二面」。
拝懸魚:前は「宝珠をつかむ青龍」、後ろは「松に鶴」。
車板:前は「夫婦岩 日の出」、後ろは「松」。
屋根虹梁:「板虹梁」。
枡合:三方「松」。
虹梁:上段は「青龍」、下段は「唐子二十四孝」。
 ≪小屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
拝懸魚:「松に鷲」。
車板:「青龍」。
屋根虹梁:「板虹梁」。
絵振板:「鶴」。
枡合:三方「松」。
虹梁:上段は「青龍」、下段は「唐子二十四孝」。

勾欄:「牡丹に唐獅子」。
北別井=石川型。制作年は不詳。
大工は富田林市中野町大工と思われる。
彫師は彫又一門と思われる。
明治8年10月6日、河南町上河内より80円で購入。
平成2年、植山工務店で修復。

 ≪大屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み二面」。
拝懸魚:前は「牡丹に唐獅子」、後ろは「玄武」。
車板:前は「青龍」、後ろは「松」。
枡合:三方「青龍」。
虹梁:上段は「唐子二十四考」、中段は「青龍」、下段は「猩々」。
 ≪小屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
拝懸魚:「鶴」。
屋根虹梁:「板虹梁」。
枡合:三方「青龍」。
虹梁:上段は「唐子二十四考」、中段は「青龍」、下段は「猩々」。

勾欄は「牡丹に唐獅子」。


 地車購入までは南別井地車を共同で曳いていた。
東板持=石川型。平成25年(2013)9月22日、新調入魂式。大工は隆匠(田中隆治)。彫刻は生野区の辰美工芸と貝塚の木彫山本。
 ≪大屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
箱棟:「波に龍」。
拝懸魚:正面は「雲に応龍」、後ろは「波に飛龍」。
車板:正面は「虎に跨る鐘馗」、後ろは「司馬温公 甕割り」。(小屋虹梁と対)
小屋虹梁:「小鬼」。(車板と対)
枡合:正面右は「上総助廣常 九尾の狐退治」、正面左は「猪早大広直 鵺退治」
    右側前は「出雲伊麿 鰐鮫退治」、右側後ろは「碓井又五郎 飛騨山中で大猿を討つ」、
    左側前は「隠岐次郎広有 悪鳥退治」、左側後ろは「鬼若丸 鯉退治」。
虹梁:上段前は「宇治川合戦 先陣争い」、上段右側前は「那須与一 扇の的」、上段右側後ろは「平 景清 錣引き」、
    上段左側前は「敦盛の最期」、上段左側後ろは「生田の森 梶原景季 箙の梅」。
    下段前は「布引の滝 悪源太」、下段右側前は「源頼光 鬼童丸を誅殺す」、下段右側後ろは「源頼信 海を渡り 平忠常を滅ぼす」、
    下段左側前は「平清盛 厳島弁財天」、下段左側後ろは「俊寛和尚」。
 ≪小屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
箱棟:「波に鯉」。
拝懸魚:「剣に龍」。
車板:「黄石公と張良」。(小屋虹梁と対)
小屋虹梁:「龍」。(車板と対)
枡合:右は「岩沼吉六郎信里 化けイモリ退治」、左は「美家本武蔵 丹波の国の山中にて年ふる野衾を斬る」、右は「鷺池平九郎 狭谷間池 クチナワ退治」、左は「俵藤太秀郷 百足退治」。
虹梁上段:正面は「義経 八艘飛び」、右は「頼朝 朽木隠れ」、左は「屋島合戦 義経弓流し」。
虹梁下段:正面は「坂田金時 源頼光の出会い」、右は「鎮西八郎為朝 豪弓を挽いて官軍の艦を覆す」、左は「山雄 主 為朝の為に蛇を噛む」。
長押:「雲に龍」。
 ≪腰廻り、見送り廻り≫
絵振板:右は「鶴」、左は「蓑亀」。
台輪:「菊水」。
木鼻:上段は「菊」、下段は「獅子・獏」。
勾欄合:「牡丹に唐獅子」。


 三先代(初代)は石川型。富田林の堂宮大工の作と伝えられる。新堂組の1台ともまた錦織と交換したとも云われる。
平成11年、祭り前に火の不始末から焼失。
 先々代は平成12年、羽曳野市鍛冶町より有志が子供地車購入。平成18年(2006)8月27日、昇魂式。富田林市喜志新家へ。
 先代は平成19年(2007)9月2日、購入入魂式。堺市津久野中組より購入。

江戸末期に住之江区安立5丁目新調。大工は河村新吾。彫師は相野一門。
明治11年、大佐11代目、川崎仙之助により改修。その時に彫又一門が彫物付け足す。明治44年住之江区安立5丁目より購入。平成15年、大下工務店で修復。昭和27年頃里帰りとして安立5丁目で曳かれたこともある。
 新調に伴い隆匠に下取りされ、現・門真市打越へ。
 ≪宮入りしていない地区≫
馬谷=石川型。平成14年(2002)9月28日(土)、新調入魂式。先代の昇魂式も行う。
大工は洲本市の南実業(南芳治)。彫師は前田篤志。

 往古は地車があったが、昭和初期に山中田に売却か?
 先々代はゴム車輪の付いた屋台を昭和30年代に作るが2、3年のみ。
 先代は町内地車。内田住建の指導の元に村の3人で作られる。新調の後で、羽曳野市駒ヶ谷の個人に譲る。
弘川=解体処分。
町内地車。昭和58年頃に地元の新城護衛(まもる)の作。。所曳きだったが、平成4年より休止。
子供会主催で午前中に曳かれ午後はカラオケ大会だったが、人口減少のために行事は無くなる。かつては下河内の地車を曳かせてもらった。
上河内=平成24年8月13日聞き取りする。
⇒地車小屋は町内中央。以前は毘沙門天のある公園だったが、平成10年頃に移転。
=昭和57年頃に制作と聞く。弘川より1年早く制作。ちなみに以前に弘川の聞き取りでは昭和58年頃制作と聞くので、間違い無し。
平成5年を最後に休止中。会館の花板で確認。地車建造時に戸数は約40戸だったが、平成24年現在17、8戸になり復活は難しい。
大工は弘川の新城護衛(まもる)。

 富田林市北別井は明治8年10月6日に80円で購入と伝えられる。
 往古は青崩と合同で曳いていた。明治10年頃に作られたという説もあり。青崩⇔上河内⇔下河内まで曳いていた。
独自に曳行の意見があり、某所に売却。
大和に地車買いに行くが買えなかった。

青崩(あおげ)
=町内地車。所曳きだったが、平成4年より休止。
中津原691 中津神社 10/3土日 地車1台   
獅子舞 ほてい相撲
中津原=地車小屋は神社境内。
平成15年(2003)10月4日、新調入魂式。大工は地元の市川工務店。彫物は以前の担い地車+土呂幕
&三枚板などは河内長野市上古野先代地車のものを利用。
見送り(三枚板):正面は「仁田四郎猪退治」、右は「射手の活躍」、左は「頼朝本陣」。

 先代は担い地車。平成になってから老朽化のため出ていない。この地車は彫物が立体的でなく殆ど鳥獣物である。上は保存。下は解体保存だった。
吉年(よとし)159 金峰神社 10/3土日     地車廃絶    
石川型地車があったが、曳かなくなり明治末期(明治40年頃?)に河南町神山に売却。小屋跡は屋敷になっているらしい。
地の家は15、6軒なので復活は難しいようだ。
東阪(あずまざか)1129 不本見神社 10/17 地車廃絶    
ヤーホ相撲
ヤーホ相撲=宵宮の夜に、上東阪・下東阪から選ばれた2組の幼児が、行司の「ヤーホ」と言う声で組合い、すぐにまた左右に分かれる。
東阪明治後期に下出(下東阪)とけんかして河南町の長坂地区に売却したそうです。小屋は昭和初期まで残っていた。火の見櫓の下で現在は更地になっている。

東阪
=明治後期に売却。小屋は現在は炭焼き小屋。
千早1228 千早神社 10/15 宮座神事
地車廃絶   
千早=明治24年(1891)地車購入決議し、翌25年岸和田より購入。小屋は辻堂の筋向い。後の消防ポンプ倉になった場所。
日露戦争後の不況や消防ポンプ代費用にと明治41年に売却。なお寛弘寺は明治期に
千早から購入とされる。
 【千早だんじり祭】
10月下旬土曜(雨天は翌日曜)8:30〜19:00開催。主催は千早こども会。
平成25年(2014)10月25日、開催時の幕に30周年と書かれていた。
また部材に平成1年7/29 中津原子供会と墨書きあり。
曳行コースは旧・千早小学校を出発、小吹、中津原、吉年、下東阪、上東阪そして旧・千早小学校と広域である。

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