兵 庫 県【阪神】 

    
 宝塚市、川西市、三田市、猪名川町

住所  神社名 祭礼日 内容 備考

 ≪宝塚市≫
 ■宝塚地区
川面(かわも)4−7−6 皇太神社 10/22、23 地車1台
宮の町11−7 川面神社 地車2台 西・南
子供みこし 栄町
明治維新後に武庫郡川面村(氏神は川面神社。西、南)と川辺郡安庭村(氏神は皇大神社。東)が合併して川面村となる。そこで祭礼時の宮入りは川面神社、皇大神社の2社宮入りする。
川面東(小場町、大道町)=宝塚型。江戸末期の作。「明治十四巳年九月 樂車買求帳」によると、明治14年9月に小浜東之町より550円40銭で購入。
大工は不詳。彫師は相野伊兵衛。金物師は不詳。
長さ4.6m。幅2.8m。高さ4.6m。重量2.5トン。
大幕は昭和61年7月購入。京都・日本刺繍工芸株式会社製。「東と双龍」。
 ≪大屋根廻り≫
鬼板:前は「宝珠と双龍」、後ろは「菊」。
拝懸魚:「飛龍」。
車板は「安倍泰親、九尾の狐をあばく」。
虹梁:正面上段は「絵様彫り」、正面下段・左右は「牡丹菊籠彫り」。
枡合:正面は「青龍」、左右は「麒麟」。
 ≪小屋根廻り≫
鬼板:「牡丹に獅子」。
拝懸魚:「鷲」。
車板は「源頼政の鵺退」。
虹梁:正面上段は「絵様彫り」、正面下段・左右は「絵様彫り」。
枡合:三方とも「松に猿」。
絵振り板は「青龍」。 
 ≪腰廻り、見送り廻り≫
枡合:「松に鷲」。虹梁は「絵様彫」。
脇障子は「獅子の子 谷落とし」。
勾欄:四方は「漁師と海女」。
台八:「波に千鳥」。

 先代は中山寺に212円で売却。
川面西(池田町、鍋野町)=宝塚型。明治15年旧暦6月新調。大工は大阪・横堀2丁目の栗田庄兵衛。彫師は小松源祐(助)、小松源信。金物師は大阪府下の塚尾政祐、土師伊三郎。
平成18年、泉谷工務店(泉谷浩文)により修復。
長さ4.5m。幅2.75m。高さ4.1m。重量2.5トン。
大幕は昭和61年7月購入。京都・日本刺繍工芸株式会社製。「龍虎」。
 ≪大屋根廻り≫
鬼板:前は「双龍」、後ろは「虎」。
拝懸魚:「朱雀」。車板:「天の岩戸」。
虹梁:正面上段は「絵様彫り」、正面下段・左右は「牡丹菊籠彫り」。
枡合:「十二支」。
 ≪小屋根廻り≫
鬼板:「麒麟」。
拝懸魚:「飛龍」。
車板:「素盞鳴尊 八岐大蛇退治」。
虹梁:正面上段は「絵様彫り」、正面下段・左右は「菊花籠彫り」。
桁:「絵様彫り」。
枡合:「十二支」。
絵振り板:「獅子」。 
 ≪腰廻り、見送り廻り≫
柱巻き:前柱は「獅子の群遊」、中柱は「昇龍」。
枡合:「日の出」。虹梁は「菊花籠彫」。花頭窓は「松に鶴」。
脇障子:「石橋」。
勾欄:「俵藤太 龍宮城にて歓待を受ける」。
縁葛:四方は「波に千鳥」。
台八は「波に玄武」。

 先代もあり。これは「明治13年金銭収支表」に「生瀬村に地車貸し候」とあり、御礼に7円ほどの金額が載っている。また幕の箱に安政5年(1857)と記されている。
川面南(宮の町、旭町)=宝塚型。2代目。明治15年旧暦4月1日、新調入魂式。大工は米谷の坂本伊之助。彫師は2代目高松彦四郎。金物師は不詳。制作費は762円98銭。
平成27年(2015)9月5日(土)、修復入魂式。泉谷工務店による。また彫物は木彫古澤(古澤知貴)により柱巻き・縁葛新調。
以前は昭和61年、岸和田・吉為工務店で修復。
長さ4.4m。幅2.6m。高さ3.95m。重量2.5トン。

大幕は昭和61年7月購入。京都・日本刺繍工芸株式会社製。「加藤清正・小西行長・木村又蔵の虎退治」。

 ≪大屋根廻り≫
鬼板:前は「宝珠と双龍」、後ろは「大国神」。
拝懸魚:「飛龍」。
車板:「天の岩戸」。
虹梁:正面上段は「牡丹」、正面下段・左右は「菊花籠彫り」。
枡合:正面は「素盞鳴尊 八岐大蛇退治」、右は「富士の巻狩り」、左は「源 頼家鹿を射る」。
 ≪小屋根廻り≫
鬼板:「恵比寿神」。
拝懸魚:「朱雀」。
車板:「常磐御前の都落ち」。
虹梁:正面上段は「牡丹籠彫り」、正面下段・左右は「菊花籠彫り」。
枡合:【富士の巻狩り】正面は「源頼朝と五郎丸」、右は「炊き出し風景」、左は「仁田四郎忠常の猪退治」。
絵振り板は「飛龍」。 
 ≪腰廻り、見送り廻り≫
枡合:「富士の巻狩り」。
虹梁:「菊花籠彫り」。
脇障子:右は「牛若丸 僧正坊(大天狗)と烏天狗」。
勾欄:前後は「十二支」、左右は「鳥づくし」。
台八は「波に千鳥」。

 先代は完成時に40円で売却。
栄町=大正期〜昭和初期に栄町在住の篤志家の寄贈と伝えられる。
戦前は3台の地車と共に川面神社の秋祭りに参加。
戦後は断続的に担がれたり、御稚児さんで御披露目されていたが、昭和50年頃からは川面神社境内の神輿蔵に納められたままであったが、
平成26年(2014)からは宝塚花のみち自治会(=栄町と武庫川町から成る)主催の秋祭り(花のみちさくら橋公園&宝塚文化創造館で開催)で担がれている。
安倉中2−10−10 住吉神社 10/12前の土日 神輿
地車2台 上安倉、下安倉 
上安倉=住吉型三枚板型式。明治25年11/26引渡し。大工は「大佐」12代川崎宗吉。彫師は9代目小松源助(岡村平次郎)。費用は約370円。
銘板は「細工人 住吉郡住吉村 大佐」とある。
 昭和59年に吉為工務店(吉野為雄)により修復。彫師は筒井和男。費用は約2,800万円。
 ≪大屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
箱棟:「雲」。
拝懸魚:「櫛名田姫」。隣懸魚:「青龍」。
車板:「宝珠をつかむ青龍」。
虹梁:正面は「珠取り獅子」、左右は「牡丹に唐獅子、谷越獅子」。
枡合:「牡丹に唐獅子」。
 ≪小屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
拝懸魚:「鷲に猿」。隣懸魚:「猿」。
車板:「鷲に虎」。
枡合:「唐獅子」。
 ≪腰廻り、見送り廻り≫
脇障子:右は「平 敦盛」、左は「敦盛呼び戻す熊谷次郎直実」。
隅障子:右は「神功皇后 応神天皇平産す」、左は「応神天皇を抱く武内宿禰」。
勾欄は「富士の巻狩り」。縁蔓は「一ノ谷の合戦」。
台木(台八):「波に鯉」。
土呂幕:正面は「司馬温公の瓶割り」、右は「平影清の綴引き」、左は「義経八艘飛び」、背面は「那須与一扇の的」。
三枚板:正面は「加藤清正勇戦」、右は「後藤又兵衛勇戦」、左は「木村又蔵勇戦」。
持送り:「猩々舞」。

 先代は太鼓で明治26年に尼崎市東大島に売却。
下安倉(安倉南)=住吉型。昭和60年3月28日、新調入魂式。3月26日収納。費用約2、800万円。制作。大工は吉為工務店(吉野為雄)。彫師は筒井和男。
 ≪大屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
箱棟:「雲」。 拝懸魚:「鳳凰」。
車板:「宝珠をつかむ青龍」。
虹梁:「唐獅子」。
枡合:「鳳凰」」。
 ≪小屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。箱棟は「雲」。
拝懸魚:「飛龍」。
車板:「唐獅子」。
枡合:「鳳凰」。
 ≪腰廻り、見送り廻り≫
台木(台八)は「波に鯉」。
土呂幕:正面は「平影清の綴引き」、右は「敦盛呼び戻す熊谷次郎直実」、左は「巴御前の雄姿」、背面は「義経?」。
三枚板:【大坂夏の陣】正面は「真田幸村」、右は「本田忠朝」、左は「木村重成」。
縁葛は「牡丹に唐獅子」。

 先代は担ぎだんじり。昭和35年頃より人手不足で担ぎ出されなくなり、昭和59年7月に解体処分となる。
売布山手町1−1 売布神社 10/19頃の金土 地車2台 東・西 
清荒神2−21−6 八坂神社 地車廃絶 東米谷
例祭日は従来10/18、19だったが、2011年より10/19前の金土に変更。
米谷東=宝塚型。万延元年(1860)制作。
大工は安倉の麻野奥助。彫師は前田弥助(浪速)、前田徳蔵(伊丹)、伊之助(京都)。長さ4.5m。幅2.73m。高さ4m。
幕は「竜虎」。

米谷西=宝塚型。江戸末期制作と思われる。大工は不詳。彫師は前田熊蔵義重。
平成5年に植山工務店で修復。幕は京都・西陣で新調「竜虎」。
東米谷=現在の今里町・三笠町に当たる。米谷の枝村に当たる。小型地車があった。
中筋南のある人は昭和44年に青年団役員になった時には既に無かったとか、昭和30年代後半に光円寺横の川に面したとこに野ざらしに置かれていたとか言われている。
清荒神2−21−16 八坂神社 10/18、 19 地車1台  
清荒神=一ッ屋根。制作年は不詳。大工は阪本陽一。平成4年修復。
小浜5−4−4 皇太神社 10/25頃の土日 地車1台   
小浜⇒地車小屋は神社境内。
=江戸末期制作。元の西之町地車。明治26年、地元大工の亀井安太郎 らにより修復。この時の彫師は相野喜兵衛。
平成9年、植山工務店が修復。この時の彫師は井尻宣男・井尻信一。
江戸期に東・西・北と3台の地車があり「喧嘩祭り」として有名であったが死者の補償等に困り明治8年は北之町地車を伊丹市鴻池へ。14年は東之町地車を川面東へ売却。残された西之町の地車を小浜として曳く。
 ≪大屋根廻り≫
飾目:前は「獅子の子 谷落し」、後ろは「鬼をつかむ鐘馗」。
拝懸魚:「獅子の子 谷落し」。
 ≪小屋根廻り≫
飾目:前は「飛龍」、後ろは「飛龍」。
拝懸魚:「麒麟」。
 ≪腰廻り、見送り廻り≫
脇障子:右は「牛若丸 弁慶、五条大橋の出会い」、左は「牛若丸 鞍馬山で修業す」。
台木:「龍宮城の珠取り姫」。

 往古は宮相撲をした。
 ◎長尾地区
中山寺2−11−21 市杵島姫神社 10/23、 24(毎年) 地車1台  
地車=宝塚型。明治4年の中山寺の神仏分離のすぐ後に、大阪もしくは河内より中古を購入と云われている。
山本東1−9−1 松尾神社 10/25頃の金土 地車1台 金曜は18:15出発
山本西1−5−33 天満神社 10/25頃の土曜 地車1台  
神輿=あり。とんとこ祭りで使われる。
 以前の神輿については『山本の郷土史』昭和63年、松尾・天満神社改築委員会発行の64・65ページに弘化4年(1847)9月に口谷 春日社に金3両で神輿を譲るという文書があると書かれていた。
山本東地車小屋は参道。
=宝塚型。2代目らしい。大工は不詳。彫師も不詳だが、識者によると、獅噛みは八代目小松、木鼻は服部と思われるとのこと。


山本西⇒地車小屋は境内。
=宝塚型。江戸末期制作か?。大工は不詳。彫師は相野一門と思われる。
飾り幕を平成17年(2005)復元新調。京都・京美刺繍の作。大幕(見送り幕)は「安宅の関 弁慶義経を懲打す」。前幕は「神紋に鳳凰」。間仕切り幕は「牡丹に唐獅子」。
 以前の幕は昭和63年に500万円で新調したと聞く。
 【とんとこ祭】
かつては旧暦4月8日に行なわれていたが、昭和37年(1965)に中止。平成元年(1989)に5月5日に5年毎に開催することにして復活。
「とんとこ」の名称は太鼓の響きから取ったと云われ、天正年間(1573〜91)にはすでに行なわれていたと云われる。稚児行列、神輿、装束のお供、2台の地車が続く。
 ◎平成20年
(10:00〜)松尾神社で発輿式。天満神社に行き発輿式また戻って流通センターの一角の御旅所でちまき撒きの御旅所式。
(15:30〜)松尾神社にて還幸祭。
山本丸橋 天満、松尾神社 10/25頃の土日 地車1台
丸橋=宝塚型。江戸末期制作か?。大工&彫師は不詳。平成14年に黒川工務店で屋根張替え。昭和63年、幕新調。「竹林の七賢人」。
中筋2−6−3(上中筋 八幡神社 10/26頃の金土 地車1台  
上中筋⇒平成18年9月17日に移転。
=万延元年制作。大工は不詳。彫師は前田熊蔵義重。天蓋の刻銘あり。 
中筋6−8−2(中筋南) 八王子神社 10/ 26頃の土日 地車1台   
中筋南⇒地車小屋は境内。
=宝塚型。明治初期制作。刺繍幕を納める箱の墨書きより推察。平成29年(2017)3月25日(土)、修理入魂式。
文化庁認定 地域活性化事業で修復。大下工務店(大下孝治)により、灰汁洗い・彫刻繕い・台木・柱・勾欄廻りの復元修復。大屋根・小屋根・獅子噛・脇障子 等の彫刻を追加。
新調幕の御披露目式は10月21日。梶内だんじり鰍フ作。
見送り幕は「龍虎」。
掛声は「オーエ、オーエ」。
平井2−16−14 八坂神社 10/27を越えない土日 地車1台   
平井(平井地車保存会)=宝塚型。明治34年2月吉日上棟と棟板にあり。改修時に見つかる。山本東より購入説や、明治期に山本の大工「大正(だいまさ)」が制作とも聞く。彫物も「大正」の作か?。
平成6年8月1日、改修入魂式。大工は吉為工務店。見送り幕は日本刺繍梶B改修費用(見送り幕含む)は3400万円。大屋根〜土台は全て新調。彫物は大屋根獅噛み新調。

見送り幕は「唐獅子牡丹、岩 波」。
 ≪大屋根廻り≫
車板:「神功皇后 応神天皇平産す」。


脇障子:右は「黄石公と張良」、左は「敦盛呼び戻す熊谷次郎直実」。
勾欄:「十二支」。



 見送り幕の保存箱に安政4年(1857)6月新調とある。この頃に創建か?職人の名は岩城縫工 橘忠兵衛、岩城店 半三良、井平衛、藤三良と名前が記されている。この幕は平成5年の大改修の際に新調された幕まで使われ現在は保存箱で眠りについている。
口谷西3−28 春日神社 11/1頃の日曜 神輿
地車1台 以前は太鼓。 
例祭日は11/1だったが、平成22年(2010)に飾り幕の新調・お披露目を機に10月最終日曜日に変更。ただし11/1が日曜の場合は11/1に実施。
神輿=『山本の郷土史』昭和63年、松尾・天満神社改築委員会発行の64・65ページに弘化4年(1847)9月に口谷 春日社に金3両で神輿を譲るという文書があると書かれていた。
平成22年修復?。戦前に金具取られ、半ば壊れた状態で小屋に入れてあった。
地車=宝塚型。明治初期制作。先々代の飾り幕が明治10年に新調からそう思われる。
大工は不詳。彫師は伊丹の前田熊蔵義重。小屋根獅噛みの裏面に墨書きあり。
大幕=平成22年(2010)10月31日、お披露目。京都の京美刺繍の作。
 先々代(初代か)は明治10年の作。先代は昭和10年、三越製。
 ≪大屋根廻り≫
懸魚:「鳳凰」。
車板:「川中島合戦」。
枡合:「富士の巻狩り」。
 ≪小屋根廻り≫
懸魚:「雲に麒麟」。
車板:「波に龍」。
枡合:「富士の巻狩り」。 
 ≪腰廻り、見送り廻り≫
枡合:「富士の巻狩り」。
脇障子:右は「五条大橋」、左は「義経八艘跳び」。
間仕切り:「鹿」。

 以前は太鼓を担っていた。
 ■良元地区
   ⇒伊孑志(いそし)、小林(おばやし)、蔵人(くろうど)、鹿塩(かしお)
伊孑志1−4−3 伊和志津神社公式HPへ 10/23、24 子供神輿
布団太鼓 休止
組立式で地元では“だんじり”と称していた。昭和34、5年頃まではかかれていた。今も神社内の倉庫に解体保存している。かつては宝塚の旅館街を抜け出て飛び地までかいた。
社町4−8 宝塚神社公式HPへ 7/27 湯立神事、子供神輿 夏祭り。子供神輿は16〜18時。
10/18 例祭
10/18前の土日 地車1台   
小林(おばやし)⇒地車小屋は神社前の広場。
=住吉型出人形板高欄型式。平成13年(2001)5/3、購入入魂式。経路は泉大津市上市町⇒東大阪市足代⇒小林へ。
大工は「大佐」こと13代目川崎佐太郎。彫師は西岡一門。

 ≪大屋根廻り≫
拝懸魚:「朱雀」、隣懸魚:「唐獅子」。
 ≪小屋根廻り≫
拝懸魚:「羅生門の鬼」、隣懸魚:「欠損」。
車板:「?」。
 ≪腰廻り、見送り廻り≫
柱巻き出人形:右は「源頼光と卜部季武の雄姿」、左は「平井保昌と花園中納言の姫」。
土呂幕:「大江山鬼揃い」。
見送り:正面は「渡辺綱禁札立て」、右は「武内宿禰 確井貞光の血戦」、左は「頼光 酒呑童子の血戦」。


 初代は昭和22、3年頃に地元の大工が制作。一ッ屋根の組立式のだんじり。今も部材が残っているらしい。
高司2−14−6 素盞鳴神社 10/18頃の日曜 廃絶   
子供樽みこし 子供会ごとに15、6基出る
小型地車か太鼓があったらしい。武庫川洪水で流失と聞く。明治30年9/29の大雨か?
仁川台1−7(鹿塩) 熊野神社 8/1日曜 子供神輿 あり
摂津型太鼓休止 鹿塩
昭和45年に阪神競馬場に要請し、子供地車・神輿を寄贈してもらう。宮司が灘高校教諭時代の教え子に依頼して曳かせていたが服部宮司が死去のため昭和58、9年頃より休止。地車小屋は境内にあり。
『宝塚市史 第三巻』530〜532ページ。昭和52年発行には鹿塩の祭りの記載あり。春・夏・秋祭りは宮司と鹿塩村で選出された宮総代3名が中心となって行われるが、正月5日、昭和42年以降は3日に御弓行事が行われるとある。
また現在の祭礼についても記載あり。
 ≪2017年の行事予定≫
(14:00〜)例祭「拝殿にて〕湯立神楽
(16:00〜17:30)子供神輿巡行(仁川まちづくり協議会主催)コースは神社⇒阪急仁川駅前広場⇒神社
(18:30〜)奉納演芸
 ◎西谷地区
大原野字南谷1 素盞鳴素命神社 10/連休の土日 地車1台 中部
太鼓2台 東部、西部
中部=住吉型。平成9年制作。大工は河合工務店。彫師は松並義孝。幅2、3m。長さ4、2m。高さ3、7m。
 ≪大屋根廻り≫
鬼板:正面は「獅噛み」、後ろは「弁慶」。
拝懸魚:「巴御前」。隣懸魚:「鳳凰」。
 ≪小屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
拝懸魚:「天狗」、隣懸魚:「烏天狗」。
 ≪腰廻り≫
柱巻き出人形:右は「昇龍」、左は「降龍」。
縁葛:「?」。
土呂幕:正面は「以文親王」、左右は「源平の合戦」、後ろは「宇治川の合戦」。
台木:「波に玄武」。
 ≪見送り廻り≫
見送り:正面は「源八幡太郎義家」、右は「平将門」、左は「源為朝」。


 先代は戦前に某所より購入。
新調につき下取り?京都(の業者)購入と聞くが?
東部=唐破風の担い地車。

西部
=布団太鼓。
 先代は明治期に焼失。
上佐曽利字寺ノ上5 素盞鳴神社 10/連休の土日(元・17) 地車1台 鳥居前を練る。村の中まで行かない。  
幕地車(組立式)。万正寺の軒下、本堂等に保管し祭礼ごとに組み立てる。幕は「唐獅子牡丹」。
長谷字道谷4 素盞鳴神社 10/連休の土日 やぐら太鼓    
やぐら太鼓=平成19年(2007)新調。木鼻彫物4個以外は新調。

 先々代は曳き壇尻と云われている。
 先代は江戸期の作で明治13年購入。昭和40年代後半にコマを付ける。屋根廻りは江戸期のまま。下廻りは村の大工が修復。
銀山の大工の作と聞くが、中山寺では先代が長谷に売却と伝わるが?
玉瀬字前田1 素盞鳴神社 10/連休の土日 やぐら太鼓   
切畑字堂山1 素盞鳴神社 10/連休の土日
(元・23)
子供みこし 昭和47年、京都より購入。
やぐら太鼓 太鼓部屋は境内。 
獅子舞
江戸期の作。平成5年より休止。昭和40年代までは朝4時〜正午まで氏子84戸全てを獅子舞で廻り、昼から夜中までやぐら太鼓を担いだ。
波豆(はず)字谷田東掛2 八幡神社 10/連休の土日(元・15) 神輿 境野より購入
布団太鼓 明治期の作。昭和60年代に「太鼓正」で修復。  
境野字米山1 天満神社 10/連休の土日(元・17) 神輿 二代目。先代は境野へ。
布団太鼓1台 明治期の作。昭和50年代に「太鼓正」で修復。 
 【千苅水源池】
昭和6年(1931)に工事完了。その結果、西谷村千苅は家屋22戸と23町歩の土地が水没した。鎮守の八幡神社の参道下部も水没し、鳥居は移設された。

 ≪川西市≫
笹部2−35−3 平野神社 7/25頃の日曜 地車2台 山下、下財 
10/17頃の日曜 地車1台 山下
夏は天神祭(境内社北野天満宮)の例祭で宵宮に山下・下財が揃って宮入りし、下財は宮入り後に、町内巡行。山下は翌日町内巡行する。秋は山下のみ宮入りし、翌日に山下町内を巡行。
山下=???。

下財=川西型。江戸期(天保14年以前か?)。
平成27年、大下工務店で修復。飾金物の新調と大屋根 拝懸魚「鳳凰」の繕いを行う。 
火打字深山34 八坂神社 10/15頃の日曜 布団太鼓1台  
西畦野2−8−10 素盞鳴神社 10/15頃の日曜 布団太鼓1台  
東畦野3−17−1 蓬莱稲丹神社 10/祝日 太鼓
小戸1−13−17 小戸神社 10/18(毎年) 神輿
太鼓1台  
小戸⇒太鼓部屋は神社境内。
=摂津型太鼓。制作年、大工 等は不詳。昭和30年代までは担いでいた。その後担がなくなり、子供みこしを出したこともある。例祭日は日曜に変えたこともあるが、夜店出なくなり例祭日を戻す。
鬼板:「獅噛み」。挟間:【富士の巻狩り】「頼朝本陣」、「仁田四郎忠常の猪退治」、「勢子の奮迅」、「富士の巻狩り」。勾欄合:「中国物」。
久代3−27−5 春日神社 10/28 神輿
太鼓  
東久代1−3 春日神社 10月 太鼓
西多田字乳母ヶ山 皇太神宮 10/21前の日曜 太鼓 隔年。最近毎年出ている 
西多田=摂津型太鼓台。詳細不詳。明治期か江戸末期の作か?
多田院字多田所町1−1 多田神社 4/2日曜 源氏まつり
10/21頃の土日 太鼓休止 昭和40年代より休止。  
 【川西市源氏まつり】
4月第2日曜開催。場所は多田神社とアステ川西(栄町25−1)。平成28年(2016)で52回を数える。主催は川西市、川西市観光協会。
源氏のふるさと川西の歴史や文化を広く市内外に発信しようと、鎧・兜に身を固めた源氏ゆかりの武将や馬上の巴御前、姫君、少年少女武者などが、絢爛な時代絵巻を繰り広げる懐古行列を中心とした観光イベント。

昭和28年に多田神社の祭りとして始まる。昭和39年から川西市観光協会、川西市主催で観光まつりとして開催。昭和58年に源氏まつりに名称を変更。
 ※平成28年(2016)の行事予定
 ■午前
 ◎アステ川西ぴぃぷぅ広場(10:10〜14:00)
姫役、武者役などが源氏まつりのPR、早稲田摂陵高等学校ウィンドバンドの演奏
 ※源氏武者・役姫役の人たちは能勢電鉄川西能勢口駅11:00発のイベント列車に乗車で日生中央駅で折返し、多田駅まで運行されるが、一般の人は応募が必要である。
 ◎多田神社境内
(10:30〜10:50)奉納神道夢想流杖術
(11:00〜)植木即売会、お茶席、福知山市大江町物産展、模擬店など
(12:00〜12:20)早稲田摂陵高等学校ウィンドバンド演奏
(12:20〜12:35)奉納神道夢想流杖術
(12:35〜12:45奉納大日本正義流剣舞術)
(12:50〜13:00)巴御前・常磐御前・静御前・若武者の紹介
 ■午後
(13:30〜14:45)懐古行列(多田神社 ⇒ 多田駅前交差点 ⇒ 多田神社)
行進はペナントフラッグ、音楽隊パレード、御所車、猿田彦・雑兵・神官・鬼、少年武者、騎馬源氏武者(源満仲・源頼光、巴御前・源頼信・源頼義・八幡太郎義家・源義綱・源頼政・渡辺綱・坂田金時・酒呑童子・源氏ゆかりの武者、弁慶・牛若丸・美女丸・幸寿丸、少女武者・子供神輿1基(=多田院自治会)、神輿3基、鬼、稚児行列、花自動車・小姓、民謡パレード。
平野2−20−21 多太神社 10/下旬土日(3年毎。前回は平成27年) 地車2台 平野、新田
太鼓 平野、新田、矢問、東多田 
獅子舞 東多田
平野⇒ 3台は神社参道の小屋に保管されている。
収納庫は参道。大祭のみ。
太鼓=大祭時のみ。大正の終わりに某所より購入か。平成24年(2012)3月4日、修復お披露目。樺J尾により修復。四本柱のうち1本を代える。欠損の彫物が追加。洗い、締め直し など。
地車=皇紀2600年(昭和15年)大祭に合わせて購入するが、それ以外曳いていない。
子供布団太鼓=昭和37、8年頃に淡路より購入する。大祭以外の年用にしていたが、最近は出ていない。

新田⇒鎮守は新田八幡宮(新田3−22)。
=大祭以外も毎年出す。地車は明治10〜15年作。大工は不詳。彫師は服部清七 等。明治43,4年に某所より購入。初代。
永らく休んでいたが、平成4年の“りんどう祭り”に出場のため約40年ぶりに復活。地車の他に子供神輿、樽みこしも出る。

矢問(やと)⇒鎮守は八幡宮(矢問2−17−25)。
=大祭のみ。太鼓を出す。村の倉庫に解体保存。

東多田
⇒鎮守は九龍大明神。
=大祭のみ。大祭時は太鼓の宮入り。大祭以外は獅子舞。本宮は獅子舞。獅子頭に元禄16年の銘あり。 
滝山町18−6 三輪神社 10/18 屋根太鼓 ほとんど休止
加茂1−4−2 鴨神社 10/2日曜 神輿 3年に一度
太鼓2台
火打2−18−7 八坂神社 10/17 子供みこし
太鼓2台 ほとんど曳行されていない。
石道字丸尾11 素盞鳴神社 10/17 太鼓
芋生字堂ノ前179 熊野神社 10/29 唐破風屋根太鼓 飾りつけ
寺畑1−4 小戸神社出社 10月 太鼓 飾りつけ
出在家町21−5 三輪神社 10月 太鼓
一庫2−18−2 高皇産霊神社 12/1日曜 子供みこし
山原1−10−7 戸隠神社 10/17 太鼓廃絶
萩原2−3−2 八皇子神社 10/18 太鼓廃絶 以前は出在家と交互に曳行
柳谷字瓦屋廻184 平野神社 10/29 例祭
黒川字口滝谷9−2 白滝稲荷神社 10/23 例祭
国崎字鋪ヶ平1 国崎八坂神社 10/23 例祭
見野1−4−5 市杵嶋神社 10/17 例祭
 【一庫ダム(知明湖)】
庫。昭和52年(1977)着工。58年(1983)完成。ダム建設のため、国崎地区は神社、寺、公民館、26戸が水没となり新しい移住地に移った。他に水没戸数6戸がある。

 ≪三田市≫
 ◎三田地区
天神3−34−5 三田天満宮 10/1日曜 神輿
地車5台 宮本、本町、北浜、西山、南嶽
布団太鼓2台 東区、十番町
宵宮の土曜日に飾付け、町によっては16時頃より町内を試験曳き。
宮本=堺型。明治10年代制作。大工は大源。
拝懸魚:「朱雀」、車板:「宝珠をつかむ青龍」。枡合:大小とも「牡丹に唐獅子」。
勾欄、台木:「鯉の滝登り」、縁葛:「富士の巻狩り」。土呂幕:「源平合戦」。見送り:「牡丹に唐獅子」。

本町(本町東組〔六番区〕と本町西組〔五番区〕からなる)=幕式。弘化3年(1846)制作。寄付総額は24貫989匁。大工は三田の大工。

北浜(鍛冶屋町)=神戸型。明治初期の作?。淡路の業者の作?。大正5年頃に神戸市東灘区御影西之町より購入。
長さ3、6m。幅2、3m。高さ3、6m。
 ≪大屋根廻り≫
拝懸魚:「宝珠をつかむ青龍」。
車板:正面は「?」、右は「秀吉本陣佐久間の乱入」、左は「?」。
 ≪小屋根廻り≫
拝懸魚:「朱雀」。
車板:正面は「加藤清正虎退治」、右は「?」、左は「日吉丸 小六矢矧橋の出会い」。
 ≪腰廻り、見送り廻り≫
勾欄:「花鳥」。
土呂幕:「牡丹に唐獅子」。
見送り幕は「加藤清正の出兵」。縫師は大上好一(三田町)。
 初代は大正3年頃に神戸市北区上上津に売却。

西山=神戸型。平成9年、神戸市東灘区森より購入。明治中頃制作?。大工不詳。彫師は彫清。
 先代は川井工務店より柏原市のT.S氏が購入。

南嶽(旧・町名は南町[西組・東組]。戎町、浦町とも。現在の7番区・8番区=幕式。弘化3年(1846)制作。大工は三田の大工で壽美屋利祐 他5名。彫師は弥三良、徳三良。
平成21年9/22(火)、修復入魂式。地元住民自らの手で修復。大屋根 箕甲、葺地、破風板、鉾棟、野地板の葺き替え など。
またこれにて大屋根棟木より墨書きが見つかり、制作年・工匠 などが分かった。
貴志字美内1100 御霊神社 10/祝日 神輿
布団太鼓1台  
祭典、ホ―ヤホ―踊りのち神幸式(神輿1、布団太鼓1、子供樽みこし2)。お旅所でホ―ヤホ―踊り、還御のち蛙とび、餅まき。
上深田字居屋ヶ谷602 熊野神社 10/10 例祭   
 ◎三輪地区
三輪3−5−1 三輪神社 7/8 獅子舞

10/連休日曜
神輿 子供神輿2基
獅子舞 演目は8種類
地車1台 桶屋町
布団太鼓2台 地家、町
布団太鼓休止 新町
祭典のち神幸式(神輿2、太鼓2、壇尻3、子供みこし2)。ハウヤ踊り奉納(19:30〜20:00)、神楽奉納(20:00〜21:45)
神幸祭の行列は曳き壇尻(桶屋町)を先頭に布団太鼓2台(町、地家)、男子の子供神輿、女子の子供神輿、猿田彦、社名幟、毛槍、稚児、宮司・役員、祭員、御三役(区長、総代会長、副総代会長、総代、お箱、鉾・太鼓、大金幣、大弓、小弓、小金幣、金幣、銀幣、白幣、御榊、総代2名、神輿。
神輿=明和8年(1771)6月、大坂北御堂前神輿職人鳥居九郎衛門に制作を依頼。
子供神輿=昭和54年の子供会による樽みこしをきっかけに、翌55年の正遷宮には、三輪区が子供神輿を2基制作。
桶屋町=制作年は不詳なれど、太鼓箱に享和3年(1803)9月と墨書きあり。淡路島より六甲山越えで持ち帰ったと伝わる。高さ3.6m。長さ4.25m。幅2.35m。
 水引幕
:「加藤清正の虎退治」、「飛龍退治」。

脇障子:「源頼政の鵺退治」。
地家=3段屋根。制作年、大工 等は不詳。水引幕の図柄は「素盞鳴尊命 八岐大蛇退治」。

=3段屋根。制作年は不詳なれど、衣裳格納箱に慶応2年(1866)の墨書きあり。平成6年、水引幕、飾金具、飾り提灯 など修復。水引幕の図柄は「賤ヶ岳七本槍の合戦」。
新町=3段屋根。制作年、大工 等は不詳。昭和40年より出さなくなり、54年に組立て飾付けし、一乗寺公園で披露するもその後老朽化のため出ていない。水引幕の図柄は「神功皇后の三韓征伐」。
山田字宮ノ下146 感神社 10/9 例祭 お頭神事 
大原字大垣310 大歳神社 10/連休日曜 獅子神楽、荒神祓い、悪魔祓い など  
大原字虫尾惣林921 稲荷神社 10/祝日 例祭
下田中字天神山751 天満神社 10/1 餅まき 
下田中字笠下117 神明神社 ―   
志手原字西稲谷324 八王子神社 10/連休(元・16) 布団太鼓1台  
「田楽踊り」奉納のち神幸式(神輿1、太鼓1)。餅まき。
桑原字大涛934 感神社 10/14 神楽奉納 子供相撲奉納。 
高次字親谷1083 八幡神社 10/9 獅子神楽 昭和55年、30年ぶり復活 
川除字上ン所433 御霊神社 10/6 神幸式  
山車廃絶
昭和4年発行の「有馬郡誌」には『数十年前まで神輿渡御あり、現在は神輿飾付け』とあり。
香下字岸崎1575 羽束神社 10/13 獅子舞  餅まき 
香下1613 八王子神社 10/13 神楽、餅まき
尼寺字古谷垣内1 天満神社 10/3日曜(元・16) 地車1台  嘉永5年(1852)制作。 
 ■広野地区
    ⇒上青野、下青野、東末、西末、福島、東野上、加茂、上井沢、下井沢、上内神、下内神、西野上、広野、北浦、沢谷、広沢、宮脇、馬渡
上青野843 感神社 10/14 例祭
下青野732 感神社 10/ 神輿 餅まき
布団太鼓1台 5段。平成15年現在。例祭日固定。 
末字岡ノ谷1205 天満神社 10/3日曜 ホーホー踊り  
末字庵ノ谷369 天満神社 10/3日曜 ホーホー踊り
福島字下竜王谷369 稲荷神社 10/連休 地車1台 堺型 
堺型。江戸期の作で、明治初期に購入と伝わる。大工不詳。彫師は彫又。昭和61年、650万円かけて30年ぶりに復活。
東野上字河田17 熊野神社 10/祝日 神輿 餅まき
布団太鼓1台 3段
加茂字野口411 加茂神社 10/1土日(元・2 稲引・樽割神事
布団太鼓2台 3段
稲引・樽割神事=市指定無形民俗文化財。宵宮、20時より行われる。
加茂の神様が多くの子神の為に稲束を百姓の田から持ち去ろうと、それを見た百姓達に追いかけられ、神様は社殿に逃げこむ。神様は百姓に謝罪をして酒をついで謝ったとされている。この様子を再現している。
下井沢1 春日神社 7/16 例祭  
上内神字宮ノ下1140 感神社 10/連休 獅子舞  神楽
中内神字小屋谷723 感神社 10/祝日(元・11 神輿 餅まき
布団太鼓5台 中内神、沢谷、下内神、広沢、淡路 
西野上字下山添521 天満神社 10/祝日 ホ―ホー踊り、神楽
広野49 皇太神社 10/2 例祭  
北浦180 天満神社  
 ■小野地区
   ⇒永沢寺、母子(もうし)、小野、乙原、小柿
永沢寺字神明1 神明神社 10/2 神楽奉納  
母子字宮ノ下695 大歳神社 10/3日曜 獅子舞 神楽奉納、餅まき
小野字森ノ本709 天満神社 10/16 屋根太鼓1台 平成15年現在。例祭日固定。
乙原字宮の前353 天満神社 10/15 神輿、子供樽みこし2基 餅まき
小柿字宮ヶ谷138 天満神社 10/連休(元・9) 神輿
屋根太鼓3台 上、東、下
パレードには子供神輿(平成14年制作)+上、東、下(見比・北安)が出る。
 ■高平地区
   ⇒酒井、下里、十倉(とくら)、川原、布木、田中、末吉、木器(こうづき)、上槻瀬、下槻瀬、鈴鹿、波豆川、市之瀬(いちのせ)
酒井字宮の脇50 高売布神社 1/9(毎年) はなふり
10/日祝 神輿
布団太鼓1台 宮付き
曳山2台 酒井、下里
はなふり=1年間の五穀豊穣などを願う神事。
午前7時、米や小石、豆、柿の種などを半紙に包んだものを稲わらでくくりつけた榊「ハナ」を手に、氏子らが拝殿前に整列。宮司が祝詞を奏上後、拝殿から「天下太平、気候順調、五穀豊穣、商売繁盛、家内安全、息災延命」と言うと、氏子は榊を小刻みに振って祈り、一礼する。
宮付き=布団太鼓。昭和37、8年頃制作。氏子6ヶ村(酒井、下里、十倉、川原、布木、田中+飛地の末吉)で担がれる。
 先代は屋根太鼓で平成になってからは担がれることも無く、最近は出されてもいない。
酒井=女だんじり。下里=男だんじりと呼ばれる。
木器字南中山686 天満神社 10/連休(元・17) 神輿
布団太鼓1台 5段 
上槻瀬字宮脇1 八坂神社 10/連休(元・12) 神輿 餅まき
布団太鼓1台  
祭典のち神幸式(神輿、布団太鼓)は御旅所の大歳神社へ。餅まき。
上槻瀬字大藪738 大歳神社 お頭神事  
下槻瀬字森前82 天柏神社 10/連休(元・13) 子供みこし 餅まき
布団太鼓1台 3段(赤黒赤) 
鈴鹿字北端260 八幡神社 10/祝日(元・15) 布団太鼓1台 3段 
子供相撲奉納
波豆川1527 八坂神社 10/11、12 地車1台
屋根太鼓1台
平成18年現在。例祭日固定。 
地車=二枚幕式型。明治20年頃制作。大工は前中善助。彫師は小松源助か?幕は「虎」。
宵宮の20時より三田市唯一のお練り。お練りとは歌舞伎衣装に身を包み化粧をした練り子と呼ばれる子供たちが、大太鼓・締め太鼓・拍子木のとるリズムに合わせながら、忠臣蔵・義経千本桜などの名場面の振り真似をしながら練り込む。
本宮はお頭、屋根太鼓、地車などの宮入りのち祭典、餅まき。三献の儀。  
市之瀬字鳥ヶ獄280 磐神社 1/9(毎年) はなふり
例祭  
 ■藍地区
   ⇒上相野、下相野、西相野、藍本、大川瀬
上相野1046 大龍神社 10/2日曜(元・17) 地車1台 前後が逆 
子供樽みこし 餅まき
午前中、祭典、お神楽村回り。昼より壇尻1、子供樽みこし1、餅まき。
下相野字久郷880 大歳神社 10/中旬 神輿
地車1台  
大阪型。明治期の作。大工不詳。彫師は辻田友次郎。
昼に神事。16:30より神幸式(神輿、地車)。神楽奉納(20:00〜22:00)。
藍本1057 酒滴神社 10/連休(元・17) 樽みこし5基
大川瀬1644 住吉神社 10/4 布団太鼓1台 3段。平成15年現在。例祭日固定。   
午前中は祭典。午後より布団太鼓のかきまわし。のち餅まき。獅子舞奉納するが、三番叟は廃絶。
 ■本庄地区
   ⇒上本庄、東本庄、溝口、井ノ草(いのくさ)、大畑、長坂、洞(ほら)、四ツ辻、東山
上本庄1221 駒宇佐八幡神社 11/23 新嘗祭、百石踊り
東本庄317 大歳神社 10/3(毎年) 餅まき
溝口251 皇太神社 10/3日曜(元・17) 例祭  
井ノ草157 天満神社 10/1 例祭  
長坂57 戎神社 10/祝日 例祭  
四ツ辻233 八幡神社 10/22 お頭神事、餅まき  
東山449 東山八幡神社 10/下旬 子供みこし  
 【三田の郷土芸能】
三田御殿踊り=寛永10年(1633)に九鬼久隆が三田に移封してきたときに、城下の人々が踊ったことが始まりと云われる。
 【青野ダム(千丈寺湖)】
昭和43年(1968)着工。昭和62年(1987)竣工。水没総面積:247ha、水没戸数:86戸、水没農地面積:143ha。

 ≪川辺郡≫     
 猪名川町
 ◎中谷地区
柏梨田12 太刀脇神社 10/中旬(元・17 地車1台  
昭和58年、30数年ぶりに800万円かけて修理して復活。 
 ≪大屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
拝懸魚:「唐獅子」。隣懸魚:「麒麟」。
車板:「青龍」。
枡合:左右とも「猩々」。
虹梁:三面「牡丹に唐獅子」。
脇障子・隅障子は「松」。
 ≪小屋根廻り≫
拝懸魚:「鷲」。
車板:正面は「加藤清正虎退治」、右は「?」、左は「日吉丸 小六矢矧橋の出会い」。
枡合:左右とも「猩々」。
 ≪腰廻り、見送り廻り≫
間仕切り:「獅子の子落とし」。
台、ねこ木:「波」。
三枚板:正面は「漢高祖 龍退治」、左右は「?」。
土呂幕:正面は「谷と滝」、正面上は「猩々」、四面は「中国物」。
北田原字上山31 高皇産神社 10/中旬(元・17) 太鼓 境内に太鼓蔵あり
南田原字腰前39 八幡神社 9/連休 獅子舞
紫合字火燈山1 雨森神社 10/中旬(元・17) 布団太鼓 境内に収納蔵あり
布団太鼓=戦前よりあり。京都の飾り太鼓を購入と伝わるが?境内に太鼓蔵あり。
原字宮ヶ尾2 素盞鳴神社 10/中旬(元・17) 町内だんじり 平成13年、手作り完成。以前は子供神輿。
肝川字西ノ前136 戸隠神社 10/中旬(元・17) 例祭
民田字宮前233 八幡神社 10/中旬(元・17) 例祭
上阿古谷字宮ノ下303 大歳神社 10/中旬(元・17) 太鼓
下阿古谷字宮ノ南19 八坂神社 10/中旬(元・17) 屋根太鼓 唐破風屋根太鼓台
広根字火打山8 素盞鳴神社 10/中旬(元・17) 神輿
太鼓
獅子舞
上野字町廻リ北山1 素盞鳴命神社 10/中旬(元・17) 太鼓
銀山字瀬戸1 金山彦神社 10/中旬(元・17) 神幸式
猪渕字中田ヶ谷8 八坂神社 10/中旬(元・17) 布団太鼓 3段。平成14年新調。 
差組字箱木原山44 平野神社 10/中旬(元・17) 太鼓
伏見台4丁目 八幡神社 10/中旬(元・17) 子供神輿 新興住宅
 ◎六瀬地区
木津上6 八坂神社 10/中旬(元・17 太鼓  
木津字上垣内15−1 八幡神社 10/中旬(元・17 太鼓  
槻並字宮ノ森1 素盞鳴神社 10/中旬(元・17 担い地車1台  
往古は地車3台(西上、西下、大工町)と太鼓が出たと云われている。今も地車は2台蔵入りのままらしい。もう1台は現・太鼓制作にあたり部材として使われた。台は今も小屋にあるらしい。
萬喜 熊野神社 10/中旬(元・17) 例祭  
栃原字田中廻り23 八坂神社 10/中旬(元・18) 例祭 練込み廃絶
林田字宮垣内17 八坂神社 10/中旬(元・17) 例祭
笹尾字掛谷18 春日神社 10/中旬(元・17) 例祭 練込み廃絶(昭和40年頃)
島19−11 春日神社 10/中旬(元・21) 屋台 平成14年制作。
杉生字宮ノ下1 八坂神社 10/中旬 練込み

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