≪神戸市≫ 

    灘区

住所  神社名 祭礼日 内容 備考
 ≪灘区≫
 【灘のだんじり祭り】
5/2日曜(雨天は5/最終日曜)。主催は灘地車保存会。
平成8年から震災復興祈願事業として実施。
(11:00〜)阪急王子公園前よりパレードスタート⇒水道筋商店街通過。
(11:45〜12:30)山手幹線通過⇒宮前商店街・六甲本通り
(12:40)フォレスタ前
(12:50〜15:00)六甲道南公園
国玉通3−6−5 河内国魂神社 5/2、3 神輿 あり
地車3台 五毛、畑原、上野
五毛(五毛御燈会)⇒地車蔵は五毛会館に併設。
=神戸型幕式。明治39年(1906)、東大阪市稲田橋本町新調。昭和7年正遷宮時に購入。大工は大嘉。彫師は彫清。昭和61年南野孝志(東灘区)により修復。
長さ5.8m。幅2.6m。高さ3.5m。
飾り幕は前が「夫婦龍」、後ろが「宇治川の先陣争い」。

 ≪前屋根廻り≫ 
拝懸魚:「鳳凰」。
隣懸魚は:麒麟」。
車板・枡合:「宝珠をつかむ青龍」。
 ≪後屋根廻り≫
拝懸魚:「鷲に猿」。
隣懸魚:「松に猿」。
車板:「親子唐獅子」。
枡合:「牡丹に唐獅子」。
 ≪見送り廻り、腰廻り≫
脇障子:右は「神武天皇東征」、左は「牛若丸と天狗」。
縁葛:【富士の巻狩り】正面は「頼朝本陣」、左右は「勢子 等の活躍」、後ろは「仁田四郎忠常猪退治」。
勾欄:「鳥づくし」。
土呂幕:「牡丹に唐獅子」。
土呂台:「青海波に玄武」。

 往古は簡単な屋台のようなもの?
 先代は明治25年頃新調するが、44年頃に芦屋打出の個人に売却。現・東灘区小路の地車か?
大佐の「地車請取帳」には明治25年の項に「菟原郡御影 名田五毛村」とあり、先代のことと思われる。
畑原⇒地車小屋は平五郎稲荷神社境内。平成16年(2004)10月17日、地車小屋新築記念曳行。
=神戸型幕式。明治初期制作。昭和22年に東灘区呉田区が丹波古市草野より購入し、4年かけて大改修。大工不詳。彫師は松田正幸 他。
平成24年(2012)4月30日、(月=振休)購入入魂式。東灘区呉田区より購入。購入に先立ち杉田組で修復。
平成25年(2013)、男屋根正面の獅噛みを新調。彫師は井波の酒井宏・秀哲親子。
平成27年(2015)、大下工務店にて獅噛み新調・取付け・ガラス目の入替えなどの繕いをする。
長さ2..82m。幅2.03m。高さ3.37m。
 ≪飾り幕≫
幕は地車購入につきぬいや(菅原縫師)により修復。
前幕:絹常の作。「珠取り龍」。赤羅紗生地に寸法を大きくし、雲・波を追加刺繍。
見送り幕:梶内初代の作?。「佐久間玄蕃 秀吉本陣急襲す」。

 ≪前屋根廻り≫
拝懸魚:「天日槍悪鳥退治」。隣懸魚:「麒麟」。
車板:「宝珠をつかむ青龍」。枡合:「牡丹に唐獅子」。
 ≪後屋根廻り≫
拝懸魚:「牛若丸 弁慶五条大橋の出会い」。隣懸魚:「麒麟」。
車板:「獅子の子落とし」。
枡合:右は「龍神」、左は「宝珠をかざす人魚」。
 ≪腰廻り、見送り廻り≫
脇障子:【加藤清正虎退治】右は「虎」、左は「加藤清正」。
縁葛:「牡丹に唐獅子」。
土呂幕:【源平合戦】正面は「義経八艘飛び」、右は「敦盛呼び戻す熊谷次郎直実」、左は「宇治川先陣争い」、後ろは「平景清錣引き」。
土呂台:「鯉の滝登り」。

 先代は東灘区御影西之町⇒東灘区呉田区⇒畑原へ。現・地車購入につき200万円で新在家へ売却。
上野(上野宮西会)=神戸型。昭和初期制作。平成28年の修復時に泥台木口の金物裏より昭和3年7月の新聞を発見。昭和7年中島畳店より購入。大工は大石巳代吉?。彫師は川原一門。
平成28年3月27日、修復入魂式。大下工務店で修復。泥台・猫木・箱棟 等を新調取替。
平成20年4月29日、修復入魂式。宮西会により修復。長さ5.5m。幅2.5m。高さ3.4m。

見送り幕は昭和7年、梶内近一作の「大江山の鬼退治」。
 ≪前屋根廻り≫
拝懸魚:「梅福仙人」。
隣懸魚:「麒麟」。
車板:正面は「宝珠をつかむ青龍」、左右は「竹に虎」。
 ≪後屋根廻り≫
拝懸魚:「鶴に鷲」。
隣懸魚:「雲海」。
車板:正面は「?」、右は「村上義光錦の御旗奪還」、左は「楠公子別れ櫻井の駅」。
 ≪見送り廻り、腰廻り≫
脇障子:左右とも「獅子の子落とし」。
土呂幕:「義経八艘飛び、頼朝朽木隠れ、宇治川の先陣争い、加藤清正虎退治」。

 上野は南、北、中の3地区に分かれていた。
=明治24年地車新調。
=明治25年地車新調。
=明治35年までに中央区の熊内神社の氏子より担ぎだんじり購入。しかし3台とも明治末期に売却。

やがて地車復活の気運となり、昭和7年北と中で中島畳店より地車を購入。残った南は昭和9年に地元の有志で地車を作製。戦後地車復活となるが、2台も地車を曳かれないと言うことで中島畳店より購入の中の地車を曳くことになる。なお南の地車は解体され小屋に保管され、今は祭りの時に使う提灯に木鼻が使われているのみである。
 大佐の「地車請取帳」には明治25年の項に「菟原郡御影 名田上之村 坂本弥太郎様 前田寅吉様」とある。
南が地車購入か?
篠原北町3−16−7 厳島神社 5/2、3(元・17) 子供みこし
地車1台 昭和40年河内国魂神社より独立。
篠原(篠原中老会)=昭和7年(1932)5月制作。大工は「絹屋」こと絹井楠次郎。彫師は佐生武之輔・喜一。長さ6、5m。幅2、8m。高さ4、1m。
平成19年(2007)5月2日、修復入魂式。梶内だんじり店による。地車の洗い、金物磨き、幕の補修そして地車各部分の締め直し・補修が行われた。

見送り幕:「賤ヶ岳の合戦」。昭和7年、梶内の作。
 ≪前屋根廻り≫
拝懸魚:「鷲に猿」。
隣懸魚:「飛龍」。
車板:正面は「川中島の合戦」、右は「?」、左は「鎮西八郎為朝の豪弓」。
 ≪後屋根廻り≫
拝懸魚・隣懸魚は「朱雀」。
車板:正面は「牛若丸 弁慶五条大橋の出会い」、右は「児嶋高徳櫻木に歌を詠む」、左は「平景清錣引き」。
 ≪腰廻り、見送り廻り≫
脇障子:左右とも「加藤清正虎退治」。
勾欄:「花鳥風月」。縁葛は「唐子遊び」。
土呂幕:正面は「那須与一扇の的」、右は「義経八艘飛び」、左は「敦盛呼び戻す熊谷次郎直実」、後ろは「足柄山の金太郎」。。


 往古よりあったらしい。
 先代は明治25年頃に新調するが、大正11年頃に西宮市今津在家町に売却するが、空襲により焼失する。
八幡町3−6−5 六甲八幡神社 10/15頃の土日 神輿 子供みこし
地車1台  
八幡(八幡地車保存会)=神戸型。元・大道の地車。昭和3年(1928)制作。大工は大阪の某。平成4年に「太鼓正」で改修。長さ5.1m。幅2.4m。高さ3.5m。
見送り幕:「神功皇后 応神天皇平産す」。
 ≪前屋根廻り≫
拝懸魚:「朱雀」。
隣懸魚:「青龍」。
車板:正面は「?」、左右は「富士の巻狩り」。
 ≪後屋根廻り≫
拝懸魚:「青龍」。
隣懸魚:「竹に虎」。
車板:正面は「?」、左右は「富士の巻狩り」。
 ≪腰廻り、見送り廻り≫
土呂幕:「兎の戯れ」。
 区画整理完了のため昭和3年に北の町(北所。通称は北)と大道(南之庄。通称は南)の2地区の地車が揃って新調した。北の町の地車は昭和20年6/5に空襲で焼失し、残る大道の地車を昭和51年に16年ぶりに復活し、今は共同で曳いている。

 初代は北の町(北所)=大正8年頃購入され新調時に処分。と大道=大正4年頃に前田氏が某所より購入し新調時に部材として使われる。
神前町3−7−1 春日神社 10/連休(元・7) 神輿 子供みこし
地車1台 都賀(とが)
都賀(都賀だんじり保存会)=神戸型。平成6年(1994)9/25、購入入魂式。初代。
明治初期?に大阪市平野区野堂北新調。大工、彫師は不詳。野堂北新調の下取のため川合工務店が購入。この地車を購入。長さ6.3m。幅3m。高さ3.7m。
幕は平成8年、川島織物の作。
 ≪前屋根廻り≫
飾目:「やたがらす」。
拝懸魚:「麒麟」。
隣懸魚:「飛龍」。
車板:「新車楽」と書かれた額を中心に上が「昇龍」、下が「降龍」。
枡合:右は「猿とかに」、左は「午」。
 ≪後屋根廻り≫
飾目:「兎の餅つき」。
拝懸魚:「朱雀」。
隣懸魚:「麒麟」。
車板:「子と酉」。
枡合:右は「亥」、左は「子犬の戯れ」。
 ≪腰廻り、見送り廻り≫
脇障子:右は「馬に乗る猿回し」、左は「牛の背に乗る童子丸」。
土呂幕:正面は「浦島太郎」、右は「海の幸」、左は「鯛・蛸・赤貝」。

 明治期は提灯行列。
昭和初期より荷車に太鼓や三味線の人を乗せ宮入りした。
昭和11年より神輿。35年頃には子供みこしも購入。
新在家南町3−2−25 若宮八幡神社 5/2土日(元・15)
10/17頃の土日
神輿3基 大中小
地車1台      
神輿=絵馬堂の額の神輿新調寄附人名録には明治33年の日付あり?。
平成24年10月7日に聞き取りするが、大は昭和2年、大阪・天王寺で購入。中は昭和38年、京都・烏丸で25万円で購入。小は刑務所の作で震災後、地車潰れたので代用として購入と聞く。
新在家⇒地車小屋は神社併設。以前は社務所横のトイレ前。現在は駐車場で下はアスファルト。
=平成23年(2011)購入。東灘区呉田(ごでん)区より200万円で購入。
神戸型幕式。江戸末期〜明治初期制作。大工不詳。彫師は相野一門。東灘区御影西之町⇒東灘区呉田区⇒新在家。長さ4、7m。幅2、3m。高さ3m。

購入つき、地元の人により平成23年(2011)7月吉日、地車改修。
泥台金具:林田工業所。泥台文字:大石看工所。提灯用金具 等:宏和鉄工所。
御幣板字体:湯浅提灯店。飾幕修正:新在家婦人会。
飾幕は「白地に夫婦龍」。見送り幕は「賤ヶ岳の合戦」。明治期の作。平成元年に修復。
 ≪前屋根廻り≫
拝懸魚:「青龍」。
隣懸魚:「雲海」。
車板:「梅の老木」。
枡合:「宝珠をつかむ唐獅子」。
 ≪後屋根廻り≫
拝懸魚:「鷲に兎」。
隣懸魚:「雲海」。
車板:「素盞鳴尊八岐退治」。
枡合:「牡丹に唐獅子」。
 ≪見送り廻り、腰廻り≫
土呂幕:「波」。土呂台:「波」。


 初代か?明治32年親子の地車購入。これは絵馬堂の額から判る。
親地車は大正元年に東大阪市岸田堂に売却。⇒新在家(買い戻す。昭和9年再び売却)⇒?。
子地車は大正元年に門真市三番(堂山町)に売却。
 二代目は昭和9年頃に御影西之町より購入するが、大震災により潰れる。今も

 三代目(先代)は平成8年(1996)12/8尼崎市丸嶋より無償で譲渡。しかし泥台(台木)部分の安全面でわずか2、3年曳いたのみで解体の運命。
彫師は彫又。長さ6m。幅2、2m。高さ3、4mだった。
大和町4−5−5(徳井) 徳井神社 10/祝日(元・9) 子供みこし 昭和25年、京都より購入。
地車廃絶  
徳井=昭和5年に元は東灘区山田の地車を業者を通じて購入するが、昭和20年6/5に空襲で焼失。地車小屋に現在徳井会館が建っている。
高羽町4−2−2 丹生神社 4/9&10/9  神輿 休止
地車廃絶
高羽=戦災で屋根が焼失したので東灘区の住之江に売却。
原田通3−8−43 王子神社 5/5
10/祝日
神輿 大小
地車廃絶 昭和20年6/5に空襲で焼失
大石南町1−120 住吉神社 10/連休(元・13) 地車廃絶 昭和13年の水害で潰れた
子供みこし2基 敏馬神社に保存
船寺通2−1−25 船寺神社 11/1日曜(元・3) 神輿2基 大小
地車廃絶
獅子舞 獅子頭が8つ
地車=大佐の「地車請取帳」には4回記載あり。一番最初は明治26年9月の項に「莵原郡都賀野内河原村にうり」とある。
灘北通5−6−6 水神社 10/中旬日曜 神輿 休止
布団だんじり廃絶 明治35年頃まで出た
神輿=子供みこしがある。昭和23年頃に購入。
以前は大中小3基あった。大・小は大正3年頃、中は明治43年頃に購入するが戦災で焼失。
岸地通2−2−13 素佐男神社 5/5 神幸祭 猿田彦、神輿、子供みこし、樽みこし
神輿(大小)は大正期に京都より購入。購入時に神輿か地車か議論して神輿購入に踏み切ったと聞く。
岩屋中町4−1−8 敏馬神社 10/日祝(元・13) 神輿6基 岩屋・大石・味泥
布団だんじり廃絶
獅子舞 岩屋
神輿は大小6基あり、岩屋地区・味泥地区・大石地区で大小の神輿が巡幸する。
岩屋=平成23年修復。

味泥(みどろ)=昭和18年制作。震災前に梶内だんじり店で修復。

大石=詳細不詳。
布団だんじり=現在の岩屋北町6丁目にあった地区(今はJRの宿舎、用地)が神社に奉納。昭和15年、紀元2600年奉祝記念にかき納めをし、その後姫路市別所町にある日吉神社に譲渡される。
鶴甲3−15−24(水車新田字宮坂) 大土神社 4/11 例祭

     

inserted by FC2 system