兵 庫 県     

【神戸市・東灘区】

 
住所  神社名 祭礼日 内容 備考

 ≪東灘区≫
森北町4−17−11 森稲荷神社 5/3、4
(元・20)
神輿 あり
地車3台 森、深江、青木
神輿=制作年は不詳。京都・豊島の作。昭和60年8月、京都山科の後藤で修復。修復に合わして神輿蔵も新築。
=神戸型幕式三枚板付き。弘化4年(1847)大阪市平野区野堂東新調。大工は柳平兵衛。彫師は柳原清蔵、三枚板は服部清七。
平成9年購入時に改作。大工は平間利夫。彫師は井岡勘冶。
平成9年9/14、搬入。
 は昭和61年、香川・観音寺の高木一彦縫師の作。
前幕は「珠取り夫婦龍に竹に阿吽の龍」。
後幕は「石橋」。
 ≪前屋根廻り≫
飾目:「鬼を捕らえる鍾馗」。
拝懸魚:「朱雀」。隣懸魚:「飛龍」。
車板:「夫婦唐獅子」。
枡合:正面は「宝珠をつかむ青龍」、左右は「竹に虎」。
虹梁:右は「木村又蔵の勇戦」、左は「加藤清正の勇戦」。
 ≪後屋根廻り≫
飾目:「鷲」。
拝懸魚:「松に猿」。
隣懸魚;「麒麟」。
車板:「飛龍」。
枡合:正面は「雲海」、右は「牡丹に唐獅子」、左は「牡丹に珠取唐獅子」。
 ≪腰廻り、見送り廻り≫
勾欄:「富士の巻狩り」。
脇障子:右は「昇龍、松に鶴、上に飛龍」、左は「降龍、松に鶴、上に飛龍」。
土呂幕:【雑兵揃い】正面は「兎を持つ、俵をかつぐ雑兵」、右は「水汲み雑兵」、左は「合戦合図」、後ろは「炊出し風景」。
見送り:【富士の巻狩り】正面は「頼朝と五郎丸道行き」、右は「仁田四郎忠常猪退治」、左は「頼朝馬上の雄姿」。

 初代あり。地元では川に落ちたため大破と伝わるが、実際は何かの事情のためこう伝わるのではと云われている。大型の神戸型地車だった。
 先代は昭和10年頃に購入し、現・地車購入につき三田市西山町に売却。平成9年9/14、搬出。
この地車は西宮の浜の網元に置いてあったもので、淡路の人が売ってくれるように依頼されたものと伝えられる。
深江⇒鎮守は大日霊女神社(深江本町3−5−7)。
=神戸型幕式。長さ6、5m。幅2、77m。内幅1、55m。高さ3、7m。
平成8年(1996)4月新調。制作請負は「梶内だんじり店」。大工は佃 明。彫師は谷口草雲、酒井宏、藤崎秀一、南部寿宣、中田寛、和気美孝。
幕は「梶内」だんじり店。
 ≪前屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。善本秀作の作。
箱棟:「龍」。和気美孝の作。
拝懸魚:「鳳凰」。藤崎秀一の作。
隣懸魚は「梅に鴬」。谷口草雲の作。
車板:正面は「宝珠をつかむ青龍」、酒井宏の作。左右は「唐獅子」、谷口草雲の作。
 ≪後屋根廻り≫
拝懸魚:「鷲」、藤崎秀一の作。
隣懸魚:「松に鶴」。酒井宏の作。
車板は三方とも「唐獅子」。酒井宏の作。
 ≪腰廻り、見送り廻り≫
勾欄:「花鳥図」、中田寛の作。
脇障子:表は「虎」、裏は「鯉の滝昇り」、どちらも谷口草雲の作。
縁葛:「牡丹に唐獅子」、谷口草雲の作。
土呂幕:正面は「恵比寿さん」、右は「義経弓流し」、左は「宇治川の先陣争い」、後ろは「老亀」、ともに和気美孝の作。
土呂台:正面は「恵比須さんに鯛」、谷口草雲の作。右は「深江踊り松」、谷口草雲の作。左は「躍り松に浜千鳥」、南部寿宣の作。後ろは「地引網」、和気美孝の作。
 飾り幕は「珠取り夫婦龍」。見送り幕は「天の岩戸」。幕師は梶内嘉三・純冶。

 往古は安政2年(1855)のだんじりの幕を新調。今も幕を入れた長持ちはあり。当時はかき地車。
だんじり新調後、解体され境内にあっただんじり小屋に納められたが、昭和20年8/6の神戸大空襲により焼失。当時の物はだんじり幕、二丁鉦、半鐘などは焼け残った。
 先代は大正7年(1918)に淡路の業者に発注。業者名は不詳だが、淡路の業者なら大歳だと思われる。
昭和17年頃まで曳かれるが戦時中により中断され、遂には昭和20年8/6の神戸大空襲により焼失。 
 戦後は昭和21年〜33年は他地区の地車借用するが、傷めることが多く貸し手が無くなった。昭和35年に、深江青年団と漁業組合青年団が合同で神輿を担いだを最後に中断する。
 近隣地区の地車復活に刺激され、
昭和58年(1983)に樽みこしを。翌59年(1984)に子供みこしを復興。
昭和60年(1985)は神輿かきが森地区により再開され、深江は有志が手作りだんじりを作る。
昭和61年(1985)はこの手作りだんじりを子供だんじりに改造。
 地車購入に先立ち平成3〜6年は「太鼓正」のリース地車を借りた。
青木(おうぎ)⇒鎮守は青木八坂神社。かつてあった子供地車(昭和初期制作〜昭和46年焼却処分)の土呂台の彫物は青木八坂神社の本殿正面にはめ込んである。
=昭和61年新調。大工は平間利夫。出来た年は本当に箱だったが、毎年のように彫物を足していった。
奉賛会の資料によれば、昭和62年5月31日現在、本体費用は428万8000円。
建造予算額は彫刻600万円、化粧金具600万円、化粧幕1200万円、提灯72万円、太鼓等鳴物159万2000円。合計3060万円とある。
平成2年は鬼板、金具。5年は車板。8年は飾り幕と彫物追加。
昭和61年は曳きはじめで町内のみ。翌62年宮入り再開。
大工は地元の平間利夫。彫師は井岡勘冶。長さ6.6m。幅2.8m。高さ4.2m。

 見送り幕は「素盞鳴尊八岐大蛇退治」。梶内嘉蔵縫師。

 ≪前屋根廻り≫
拝懸魚:「朱雀」。隣懸魚:「青龍」。
車板:正面は「宝珠をつかむ青龍」、左右は「青龍」。
 ≪後屋根廻り≫
拝懸魚:「青亀に乗る素盞鳴尊」。
隣懸魚:右は「月光」、左は「日輪」。
車板:正面は「大巳貴命大鷲退治」、左右は「獅子の鞠遊び」。

 江戸期より子供地車あり。
 先々代は大正9年に尼崎市築地栄町(現・大官町の一部)に約100円で売却。
 先代は大正12年に御影東之町より購入するが、昭和20年8/6の神戸大空襲により焼失。

 子供地車は明治初期に制作し、昭和29年まで曳かれた。30年代は飾りつけのみ。老朽化のため昭和46年青木の浜で焼却処分。この子供地車の土呂台の彫物は青木八坂神社の本殿正面にはめ込んである。
本山北町
(本山町北畑680)
保久良神社 5/4、5 神輿 あり
地車4台 中野、小路、北畑、田辺
昭和23年の祭礼を最後に芦屋市三条、津知が氏子別れした。
中野神戸型幕式。昭和8年野寄より購入。彫師は彫又こと西岡弥三郎。長さ5.9m(棒含む)。幅2.6m。高さ3.5m。
平成15年6月〜16年3月にかけて大改修。大工は平間利夫。彫師は酒井宏による。
これは前屋根、後ろ屋根の新調。彫物の新調は前屋根の前・後ろ屋根の鬼板、拝懸魚、木鼻、葺地(叢雲に鶴)、勾欄(脇障子も)、泥幕(前上部に木村区長の手による「吉祥」の彫り。
 見送り幕は「神武天皇東征伐」。京都・日本刺繍館の作。

 ≪前屋根廻り≫
鬼板:前は獅噛みで獅子頭に童子(わかば丸)を乗せている。
拝懸魚:前は「珠取り海士」、後ろは「大巳貴命大鷲退治」。
隣懸魚:「松に鶴」。
車板:正面は「青龍」、左右は「青龍」。
 ≪後屋根廻り≫
鬼板は「獅噛み」。
拝懸魚:前は「大巳貴命大鷲退治」、後ろは「中野八幡神社神事」。※毎年1/15に実施される弓行事と、厄神祭と9月に実施される秋祭の湯立て神事。
隣懸魚は「朱雀」。
車板:正面は「夫婦唐獅子」、左右は「夫婦唐獅子」。
 ≪腰廻り≫
脇障子:右は「金太郎の熊退治」、左は「大江山鬼退治」。
勾欄:「中野村昔日風景」。
土呂幕:「二十四孝、前上部に木村区長の手による「吉祥」の彫り。

 先代は明治26年購入。
小路=神戸型幕式。明治25年制作。昭和4年3月に約800円で芦屋市打出の細谷吉左右衛門氏より購入。修復は4代目彫清 柳原清三郎。
 経路は灘区五毛⇒中島畳店を通じて芦屋市打出の細谷吉左右衛門⇒小路へ。長さ5、22m(棒含む)。内幅1、39m。高さ3、23m。
平成4年、屋根の修理。13年には柱・虹梁・土呂台を新調。大工は平間勝利、彫師は井波の酒井宏。
 ≪前屋根廻り≫
拝懸魚:「朱雀」。隣懸魚:「朱雀」。
車板:正面、右は「宝珠をつかむ青龍」、左は「牡丹に親子唐獅子」。
 ≪後屋根廻り≫
拝懸魚:「鷲に猿」、隣懸魚:「松に猿」。
車板:三方とも「牡丹に親子唐獅子」。
 ≪腰廻り≫
脇障子:左右とも「梅に鴬、朱雀」。
勾欄:「牡丹に唐獅子」。
土呂幕:「波濤に兎、金太郎に熊、金太郎の鯉つかみ」。
 見送り幕は「義経八艘飛び、平景清錣引き、那須与一扇の的」。

 文化2年(1805)、慶応4年(1868)地車新調の記録あり。なお文化期の地車は14円で売却。
 昭和3年11月の御大典ににわか屋台を作りだんじり代わりに曳く。これが地車購入のきっかけになる。
北畑=神戸型幕式。明治11年初代を購入。平成11年改作。大工は南野孝士。彫師は井岡勘治。
長さ5.59m(棒含む)。内幅1.35m。高さ3.115m。
 幕は平成4年、観音寺市の高木一彦の作。

 ≪前屋根廻り≫
拝懸魚:「朱雀」。隣懸魚:「朱雀」。
車板:正面は「素盞鳴尊八岐大蛇退治」。
 ≪後屋根廻り≫
拝懸魚:「鷲に猿」、隣懸魚:「松に鶴」。
車板:正面は「加藤清正虎退治」。
 ≪腰廻り≫
勾欄:「富士の巻狩り」。土呂幕:「富士の巻狩り」。

地車登場以前は明治4年に遊車(子供地車か?)購入。明治43年に売却。
それ以前は太鼓櫓(太鼓台のようなものか?)を弘化4年(1847)に購入し明治43年に売却した。
田辺=神戸型幕式。昭和4年に淡路の北淡町の室津里組より購入。彫師は堺の彫又一門。
平成5年「梶内」にて大修復。平成22年4月3日、修復入魂式。杉田組による。長さ5、65m(棒含む)。幅2、4m。内幅1、38um。高さ3、135m。
 ≪飾り幕≫
見送り幕:「牛若丸と烏天狗の鞍馬山修業」。

 ≪前屋根廻り≫
鬼板:正面は飾目「素盞鳴尊 八岐大蛇退治」、後ろは「獅噛み」。
拝懸魚:「櫛名田姫と大蛇」。隣懸魚:「雲龍」。
車板:正面は「雲龍」、左右は「珠取り親子唐獅子」。
 ≪後屋根廻り≫
拝懸魚:「牛若丸鞍馬山の修業」。隣懸魚:「烏天狗」。
枡合:「獅子」。
車板:「牡丹に唐獅子」。
 ≪腰廻り、見送り廻り≫
勾欄:「富士の巻狩り」。
脇障子:右は「親子鶴」、左は「夫婦鶴」。
縁葛:「鵯越えの逆落とし」。
土呂幕:「猩々、平景清錣引き、義経八艘飛び、那須与一扇の的」。

 先代は明治期に地車購入するが大正期に売却。
 また二丁鉦に明和2年(1764)の銘があるにでこの時代に既に地車があったか?
住吉宮町7−1−2 本住吉神社 5/4、5 神輿 過失のため焼失
鳳輦 合同で曳いている
住吉地区地車8台 山田、空、西、吉田、茶屋、反高林、住之江、呉田、
庄内地区地車4台 野寄、横屋、西青木、岡本
町神輿 観音林区
宮入りしているのは住吉地区の7台と庄内地区の野寄、横屋、西青木、岡本の4台の11台である。
氏子別れをしたのは、魚崎地区が明治41年頃、横屋地区が昭和19年、田中地区が昭和27年である。

その後、庄内地区として野寄、横屋、西青木、岡本の4台の地車が宮入りする。
 ≪行事予定≫(2015年)
■4日
(9:30〜)蔵出し=町曳き(山田区、呉田区、茶屋区、空区、西区、住之江区、吉田区)
(16:00〜17:00)練り合わせ〔阪神住吉駅南側〕⇒茶屋区、住之江区、呉田区、西区
※JR住吉駅北側ロータリーで4地区練り合わせの年もあり
(20:03)蔵入れ=(西区、吉田区、茶屋区、住之江区、呉田区、空区)
※山田区は山田公園に留置き

5日
(9:00〜)山田区宮入り
(10:00〜)神事=本住吉神社本殿にて
(12:00〜)渡御、稚児行列、地車(呉田区、西区、茶屋区、吉田区、空区、山田区、住之江区、観音林区)
(15:00〜)庄内地区宮入り(野寄区、横屋区、西青木区、岡本区)
(17:30〜)観音林区、反高林区宮入り
(19:00〜)住吉地区宮入り(西区、茶屋区、吉田区、空区、山田区、住之江区、呉田区)
(22:00〜)宮入完了
(21:30〜)蔵入り完了
神輿=明治8年(1875)神輿庫ごと焼失。
往古(地車登場以前)は4基あったが、老朽化のため宝永4年(1707)に新造した。
鳳輦⇒鳳輦庫は鳳輦と合わせて建造。以前の鳳輦庫は大正12年(1923)6月20日建造。
=昭和31年(1956)5月12日謹製。
地車蔵=住吉地区の地車は反高林以外は全て境内にあり。昭和46年(1971)3月18日建造。
西区⇒住吉本町2丁目南部。
=神戸型幕式。明治27年(2015)4月19日、新調入魂式。祝賀会は本町公園。
大工は植山工務店(佐野和久)。彫師は木彫近藤(近藤晃)。
 ≪飾り幕≫
平成16年復元新調。前幕は「雌雄の龍」、後幕は「神功皇后、征伐の帰りに住吉大神に宝珠を捧ぐ」。

 ≪前屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
箱棟:「龍」。
拝懸魚:「鳳凰」。
隣懸魚:右は「フクロウ」、左は「鶴」。
車板:正面は「宝珠をつかむ龍」、後ろは「雲海」。
枡合:【三韓の役】正面は「神功皇后応神天皇平産」、右は「神功皇后 肥前松浦の場」、左は「武内宿禰 満珠を投げる」。
虹梁:「波濤」。
  ≪後屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
箱棟:「龍」。
拝懸魚:「宝珠をつかむ龍」。
隣懸魚:「応龍」。
車板:「牡丹に唐獅子」。
枡合:正面は「天の岩戸」、右は「神武天皇東征」、左は「素盞鳴尊 八岐大蛇退治」。

絵振板:「唐獅子」。
脇障子:「雲に登り龍」。
勾欄合:「源平盛衰記」。
縁葛:「富士の巻狩り」。
土呂幕:正面は「敦盛を呼び戻す熊谷次郎直実」、右側前は「壇ノ浦の合戦 碇知盛」、後ろは「平影清 錣引き」、左側前は「巴御前 恩田八郎との血戦」、後ろは「宇治川の先陣争い」、後ろ正面は「源頼朝 朽木隠れ」。
土呂台:「波濤に蓑亀、ウサギ」。

 江戸期に宮入りの記録あり。明治40年頃に地車曳行禁止で売却。
 2代目は昭和14年頃淡路から購入するが、昭和20年8月5日に空襲で焼失。
 先代は神戸型幕式。明治後期の作。昭和34年頃に垂水区東垂水より購入。東垂水は明治38年頃に淡路より購入。
大工不詳。彫師は平間勝利。鬼板は十代目小松現助。平成8年の大改修で土呂台を新調し大型になる。長さ3.31m。幅2.11m。高さ3.81m。
現・地車購入につき、住吉だんじり資料館に展示。
(そら)⇒住吉本町3丁目全域と1・2丁目の北部。
=神戸型幕式。明治22年頃の作。大工は大歳。彫師は2代目黒田正勝。長さ3.81m。幅2.15m。高さ3.61m。
土呂台、一部の彫金を平成16年新調。
 ≪飾り幕≫
飾り幕は「夫婦龍」。見送り幕は「神功皇后応神天皇平産」。地車と同時期に作る。

 ≪前屋根廻り≫
拝懸魚:「朱雀」。拝懸魚:「麒麟」。
車板:「宝珠をつかむ青龍」。
枡合:左右とも「夫婦青龍」。
 ≪後屋根廻り≫
拝懸魚:「飛龍」。隣懸魚:「牡丹に唐獅子」。
車板:「青龍」。
枡合:左右とも「青龍」。

脇障子:右は「昇龍」、左は「降龍」。
縁葛:「唐子千人遊び」。
土呂幕:正面は「竹に虎」。左が「牡丹に唐獅子」。右が「麒麟」。
土呂台:「青海波に玄武」。
吉田区(吉田地車会公式HP)⇒住吉東町4・5丁目および3丁目北東部と住吉宮町3丁目と住吉本町1丁目南部。
地車小屋は合同地車庫に収めるまでは現在の吉田会館の北隣りにあった。
=神戸型幕式。江戸後期〜明治初期制作。大工は不詳。彫師は辻田友次郎。
昭和6年11/1に東大阪市布市?より購入。この時に大改修して1尺(約33cm)低くした。大工は大石巳代吉。昭和6年の大改修時の彫師は川原啓秀。
平成8年にも改修。大工は平間利夫。彫師は中山慶春(井波)。平成2年、飾り金具新調。
平成27年(2015)3月15日、改修完成御披露目。大工は橋元春行。彫物は松原市の欄間師(高橋商店)。昼提灯は新居浜市の葛燉リの作。
泥幕額縁はアフリカ原産のブビンガ、軒天井は屋久杉の板目材を使用するなどの部材を使用。
長さ6.1m。幅2.9m。高さ6.1m。
 ≪飾り幕≫
平成17年(2005)4/17、復元新調入魂式。愛媛・新居浜市の葛燉リ(合田師)の作。
土呂幕は「海幸彦・山幸彦」。見送り幕は「神功皇后 応神天皇平産す」。

 ≪前屋根廻り≫
拝懸魚:「朱雀」。
隣懸魚:「孔雀」。
車板:「黄石と張良」。
枡合:【賤ヶ岳の合戦】右は「加藤清正 山路将監討取り」、左は「秀吉本陣佐久間の乱入」。
 ≪後屋根廻り≫
拝懸魚:「孔雀」。
隣懸魚:「松に鶴」。
車板:「素盞鳴尊 八岐大蛇退治」。
枡合:【賤ヶ岳の合戦】右は「?」、左は「福島市松の雄姿」。
 ≪腰廻り、見送り廻り≫
土呂台:「波涛に玄武」。

 江戸期には地車と子供地車もあったが、祭りで喧嘩が絶えなかったなどの理由で明治37年3月3日付けで住吉村役場より、だんじりの運行を禁止され仕方なく吉田区は地車を某所へ売却した。
茶屋区⇒住吉宮町6・7丁目および5丁目西部。
=神戸型幕式。天保9年(1838)霜月15日制作。大阪市天王寺区の五条宮より昭和54年8/15購入。経路は吹田市堀奥町⇒大阪市天王寺区真法院町の五条宮⇒茶屋区。
大工は吹田六地蔵の茂右ェ門。彫師は初代小松源蔵。
平成12年改作。大工は南野孝志。彫師は酒井宏。一部の彫刻を残して神戸型に改修。
平成29年(2017)3月19日、修復入魂式。大工は橋本建設。彫刻は松原市の高橋商店(高橋聖峰・高橋孔明)。昼提灯は新居浜市の葛燉リ。
絵振板・脇障子・勾欄合・泥幕 等の彫刻の入替え。昼提灯新調。
長さ5.7m。幅2.9m。高さ3.8m。
 ≪飾り幕≫
飾り幕は「夫婦龍」。見送り幕は「神功皇后と武内宿禰」。平成12年に新調。
 ≪前屋根廻り≫
拝懸魚:「梅福仙人」。隣懸魚:「梅に鴬」。
車板:「宝珠をつかむ青龍」。
枡合:「朱雀」。
 ≪後屋根廻り≫
拝懸魚:「素盞鳴尊 八岐大蛇退治」。
隣懸魚:「牡丹」。
車板:「谷越え獅子」。
枡合:「朱雀」。
 ≪腰廻り、見送り廻り≫
土呂幕の正面は「竹に虎」、左は「鞍馬の天狗と夫婦の唐獅子」。

 江戸期に宮入りの記録あり。明治40年頃に地車曳行禁止で売却。
 2代目は昭和3年購入するが、10年頃に焼失。
 3代目は昭和12年に購入するが、昭和20年8/5に空襲で焼失。
山田区⇒住吉山手以北。昭和46年以前は吉田酒店のすぐ南の駐車場のところに地車小屋があった。
=神戸型幕式。三代目。昭和9年2月23日購入。大工は柏木福平、吉田國一。彫師は川原啓秀。制作費は1万3000円。
平成25年3月31日、御披露目式。大工は橋元春行。彫師は松原市の高橋聖峰・孔明親子。
男屋根・女屋根の箕甲・葺地・波風板を大きく新調。泥台正面新調。アフリカ原産のウエンジという木を使用。
以前は平成6年に平間利夫により修復。
長さ3m。幅1.95m。高さ3.72m。
 なお購入時に候補として御影町郡家の旧家の播磨氏がだんじりを鳥小屋として使用していたので、これを購入しようかという話もあった。
 ≪飾り幕≫
飾り幕は「夫婦龍」。見送り幕は「賤ヶ岳の合戦」。梶内だんじり店(梶内照弘)の作。平成18年修復。

 ≪前屋根廻り≫
拝懸魚:「飛龍」。
隣懸魚:「麒麟」。
車板:「宝珠をつかむ青龍」。
枡合:正面は「薄田隼人の雄姿」、右は「宇治川の先陣争い」、左は「川中島の合戦」。
 ≪後屋根廻り≫
拝懸魚・隣懸魚は「朱雀」。
車板:「天の岩戸」。
枡合:正面は「神功皇后応神天皇平産」、右は「新田義貞 稲村ヶ崎 宝刀を奉ず」、左は「加藤清正虎退治」。
 ≪腰廻り、見送り廻り≫
脇障子:「獅子の子落とし」。
縁葛:【太閤記】正面は「尼ケ崎危難の場」、右は「松下家辞去の場」、左は「大徳寺焼香の場」。後ろは「日吉丸小六矢矧橋の出会い」。
土呂幕:【源平合戦】正面は「義経八艘飛び」、右は「平景清錣引き」、左は「頼朝朽木隠れ」。

 初代は空区と同時期(明治22年頃?)に800円で制作。(明治10年頃説もあり)。立派な地車だが、山手地区の山田にとって曳きにくく現在の阪急南側の庚申塚のところからは牛に引かせるなど使い勝手が悪いので、大正14年に灘区徳井に200円で売却。この地車は戦災で焼失。
 2代目は淡路から購入。小振りで小さいので評判が悪く西淀川区佃に売却。この時は購入金額より高く売れたので喜んだそうである。
反高林区⇒吉田と住之江の境界がはっきりしなかったこともあり、自然堤防上を丸ごと反高林区とした。反高とは収穫が少なくて石高が付けられない事。
=神戸型幕式。
平成26年(2014)12月搬入。駐車場にブルーシートで保管。
平成27年(2015)5月17日、搬入。改修中で空いていた茶屋区の地車小屋に搬入。搬入に先立ち隆匠で神戸型に改修。
竣工式(入魂式)は平成29年(2017)4月23日。初の試験曳きは平成28年(2016)10月9日。
平成2年4月、和歌山県橋本市妻が滑%烽セんじり店より約400万円で購入。平成15年8月3日、橋本市北馬場に売却。平成22年4月、橋本市南馬場に譲渡。
新調時は高さ3.0m。長さ4m。幅1.8m。
 飾り幕は野寄区より譲受。昭和62年、太鼓正製。

 平成26年(2014)に山田区より子供神輿を借りて5月4日に町内曳きをしたのが祭りの始まり。
翌平成27年(2015)は同じく山田区より子供神輿を借りて5日の巡行に初参加。
平成28年(2016)は初の4、5日両日祭礼参加。
住之江区⇒住吉宮町2丁目および1丁目北部と住吉東町3丁目東南部。昭和15年に仲区より改称。
=平成31年新調予定。大工は板谷工務店。彫師は賢申堂。
平成27年(2015)3月1日、原木祭。神戸市では史上初。

=神戸型幕式。昭和6年高羽新調(11年説もあり)。大工は大石巳代吉。彫師は川原啓秀。
昭和22年に灘区高羽より空襲で屋根廻りが焼失した地車を購入。長さ3.02m。幅1.89m。高さ3.57m。
平成27年(2015)1月25日、修復入魂式。大工は板谷工務店。本体締め直し。
以前は昭和25年10/8修復完了。修復のコンビは制作のコンビでもある。
 ≪飾り幕≫
飾り幕は「夫婦龍」。見送り幕は「神功皇后と応神天皇を平産す。傍らに武内宿禰」。絹常の作。平成8年に修復。
 ≪前屋根廻り≫
拝懸魚:「飛龍」。
隣懸魚:「麒麟」。
車板:「牡丹に親子唐獅子」。
枡合:「牡丹に夫婦唐獅子」。
 ≪後屋根廻り≫
拝懸魚:「松に鷲」。
隣懸魚:「朱雀」。
車板:「宝珠をつかむ夫婦龍」。
枡合:「竹に虎」。
 ≪腰廻り、見送り廻り≫
縁葛:「牡丹に唐獅子」。
脇障子:左右とも「獅子の子落とし」。
土呂幕:正面は「義経八艘飛び」、左が「石橋山合戦、頼朝朽木隠れ」と「梶原平三影時」。
土呂台:「青海波に玄武」。

 初代は明治5年頃に創建するが、水利権争いにより諍いが絶えず、放火により焼失したとされる。
 先代は住之江(当時は仲之町)が明治22年に魚崎より購入するが、昭和20年8/5に空襲で焼失。
呉田(ごでん)⇒住吉南町全域および住吉宮町1丁目南部・5丁目東部。
=神戸型幕式。平成24年(2012)4月29日、新調入魂式。上棟式は平成23年(2011)6月20日。
大工は神崎郡の青木繁一、青木剛。平成19年制作当初は平間利夫。平間師急逝のため青木親子に託される。彫師は大阪府松原市の高橋商店。錺金具は揖保郡の竹内錺金具店。
 ≪飾り幕≫
愛媛県新居浜市の葛燉リ(合田師)の作。
飾り幕:前は「魂取り龍」、後ろは「石橋」。
土呂幕:正面は「司馬温公の甕割り」、右は「肩車遊び」、左は「目隠し鬼さん」。

 ≪前屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
箱棟:「雲海に龍」。
隣懸魚:右は「傘風子」、左は「盧倣仙人」。
車板・:「武内宿禰 宝珠を捧ぐ」。
枡合:右は「劉備玄徳 壇渓を跳ぶ」、左は「北条時宗と蒙古軍」。
 ≪後屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
拝懸魚:「王子喬」。
隣懸魚:右は「呂洞寶」、左は「費張房」。
車板:「白楽天 住吉の神と対面す」。
枡合:右は「新田義貞 稲村ヶ崎 宝刀を奉ず」、左は「安倍介丸 龍退治」。
 ≪腰廻り、見送り廻り≫
絵振板:「獅子の子落とし」。
脇障子:右「平知盛の最期」、裏は「猩々」、左は「平景清錣引き」、裏は「猩々」。
勾欄合:「花鳥物」。
縁葛:【源平合戦】正面は「義経 八艘飛び」、右前は「義経・梶原 逆櫓の争い」、右後ろは「義経・頼朝 黄瀬川の出会い」、左前は「義経都落ち 静御前 吉野の別れ」、左後ろは「安宅の関 弁慶 義経を徴打す」、後ろは「牛若丸 弁慶 五条大橋の出会い」。
泥台:「蓑亀」。

 初代はは明治40年頃に村役場が地車曳行禁止時に売却。江戸期より宮入りしていた。
 二代目は昭和6年に西宮市今津方面より新品同様の中古地車を購入するが、昭和20年8月5日の空襲で親子地車とも焼失。
 三代目(先代)は昭和22年に丹波古市草野より購入し、4年かけて大改修。明治初期制作。大工不詳。彫師は松田正幸 他。長さ2、82m。幅2、03m。高さ3、37m。
飾幕は「白地に夫婦龍」。見送り幕は「賤ヶ岳の合戦」。明治期の作。平成元年に修復。
灘区畑原に売却。畑原は平成24年(2012)4月30日に御披露目。
観音林区⇒自然堤防上に富豪らが住み始めたため追加された区。地名は天文年間創建の観音堂の跡に因む。戸数は約150戸のため、地車は難しいとのこと。
=子供神輿。平成23年(2011)初参加。この年は御旅公園までの巡行。なおこの子供神輿は神社所有でギャル神輿のため購入するが1年ほどで終わったものらしい。

平成24年(2012)は地車と共に自地区まで巡行に参加し、その後は町内を練り歩く。
 ■庄内地区
西岡本4−8−6 大日女尊神社 5/4、5 子供神輿 あり
地車1台 野寄
野寄=神戸型幕式三枚板付き。昭和61年12月14日、購入入魂式。42年ぶりの復活。彫師は服部清七、彫又。平成5年改作。改修時に川原和夫と一門により彫物を追加。
経路は大阪狭山市半田地区⇒隠⇒堺市枡矢(昭和60年個人購入。1年のみだがこれがきっかけで地車新調へ)⇒大阪狭山市池尻の有志(ここでは村に受け入れてもらえず)⇒太鼓正⇒野寄(幕付きで1,500万円で購入)。平成18年9月23日、修復入魂式。平間利夫による。
長さ4m。幅2.9m。高さ4m。
 ≪前屋根廻り≫
拝懸魚:「朱雀」。隣懸魚:「朱雀」。
車板:正面は「宝珠をつかむ青龍」。左右は「牡丹に獅子」。
 ≪後屋根廻り≫
拝懸魚:「鷲に猿」。隣懸魚:「松に猿に蝶」。
車板:正面は「牡丹に夫婦唐獅子」、右は「虎に麒麟」、左は「青龍」。
 ≪腰廻り、見送り廻り≫
柱巻き:「素盞鳴尊 八岐大蛇退治」。
脇障子:「獅子の子落とし」。
三枚板:「敦盛呼び戻す熊谷次郎直実 など」。
飾り幕は京都・日本刺繍館の作で「夫婦龍と鳳凰」。

 先代は昭和8年11/5に田圃300坪売却悪して新調したが、昭和20年6/5に空襲で焼失。この地車は大工は大石巳代吉。彫師は川原啓秀。
 先々代は大正期末に久原房之助氏の寄贈で、前の地車は中野に売却。
横屋
(魚崎北町2−3−21)
横屋八幡神社 5/4、5 子供神輿 あり
地車1台 小屋は神社内。 
横屋(横屋地車保存会)=行政上は魚崎北町にあたる。神戸型幕式三枚板。明治期制作。昭和初期に津名町多賀村より購入。彫師は二代目彫寅。
平成13年、「梶内だんじり梶vで修復。以前は大屋根に見送り板があったが、小屋根に移し変える。
長さ5.1m(棒含む)。幅2.4m。高さ3.4m。
 ≪前屋根廻り≫
拝懸魚:「朱雀」。
隣懸魚:「青龍楽人」。
車板:「青龍」。
 ≪後屋根廻り≫
拝懸魚:「松に鷲と親子猿」。
隣懸魚:「松に猿」。
車板:正面は「牡丹に夫婦唐獅子」。
 ≪腰廻り、見送り廻り≫
三枚板:正面は「敦盛呼び戻す熊谷次郎直実」。左は「宇治川の先陣争い」。右は「義経八艘飛び」。

 先代は大正初期に処分され若仲で彫物を分けた。
西青木
北青木4−20−1)
春日神社 5/4、5
(元・9/中旬)
子供神輿
地車1台
子供神輿=昭和40年代に購入。
西青木=神戸型幕式。明治中期以降制作。大正13年八尾市某所より1600円?で購入。一説では柏原本郷の先代。彫師は二代目平間勝利。長さ5、5m。幅2、4m。高さ3、6m。
平成12年、大下工務店で改修。
飾り幕は「珠取り夫婦龍」。見送り幕は「天の岩戸」。
 ≪前屋根廻り≫
拝懸魚、隣懸魚:「朱雀」。
車板:「?」。
 ≪後屋根廻り≫
拝懸魚、隣懸魚:「朱雀」。
車板:「信玄と謙信龍虎相討つ」。
 ≪腰廻り、見送り廻り≫
脇障子:右は「新田義貞稲村ヶ崎」、左は「源頼義霊泉を得て官軍の渇きを助く」。
土呂幕:「義経八艘飛び、那須与一扇の的、松竹梅 など」。

 先代は明治40年より曳かなくなる(住吉村の地車曳行禁止通達のため)ため淡路に売却。
岡本字天王山1180 素盞鳴神社   5/4、5 神輿 あり
地車1台 岡本
岡本神戸型幕式。明治末期(30年代?)の作。大正15年頃購入。大工は「大佐」。彫師は赤金由松。
銘板は表面は「細工人 大阪市住吉区 大佐」、裏面は「細工人 堺住吉村 大佐」とある。
元・兵庫区東出町の地車。新調後まもなく事故にて淡路・西浜の某所に売却か?しかしながら同地では大きすぎて再び売却となる。
平成27年(2015)4月4日(土=大安)、改修入魂式。大工は平野区の河合工務店。主に躯体部分と屋根を新調。
彫刻は鬼板、土呂幕は井波の野原湛水。土呂台は井波の澤義博。木鼻は富田林の彫陽(山本陽介)が新しくなる。
長さ7.3m(棒含む)。幅2.8m。高さ3.9m。
 ≪飾り幕≫
見送り幕は平成15年復元新調。「退治物」で「右より藤原保昌が袴垂保輔を、渡辺綱が茨木童子を、源頼光が鬼同丸を退治する」。

 ≪前屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
拝懸魚:「鳳凰」。隣懸魚:「麒麟」。
車板:「天の岩戸」。
枡合:【神話伝説】右は「山彦、鰐に乗り海神の宮へ行く」、左は「日本武尊、野火の難」。
 ≪後屋根廻り≫
拝懸魚:「鷲に兎」。隣懸魚:「青龍」。
車板:「神功皇后応神天皇平産」。
枡合:右は「琴高仙人と蝦蟇仙人」、左は「大国主命と因幡の白兎」。
 ≪腰廻り、見送り廻り≫
脇障子:右は「神武天皇東征」、左は「仁徳天皇、民の竈の煙を見る」。
縁葛:【士農工商】正面は「士」、右は「農」、左は「商」、後ろは「工」。
土呂幕:【源平合戦】正面は「那須与一扇の的」、右は「敦盛呼び戻す熊谷次郎直実」、左は「義経八艘飛び」、
田中町2−2−1 三王神社 5/4、5 子供神輿
地車1台  
田中=神戸型幕式。明治22年頃制作。元・北河内の巨大地車。昭和9年中島畳店の仲介で兵庫区上庄通より購入。改修時の彫師は北野寅蔵。
平成22年4月18日、修復入魂式。平間利夫による。
 ≪飾り幕≫
見送り幕は梶内近一縫師で「素盞鳴尊八岐大蛇退治」。

 ≪前屋根廻り≫
拝懸魚:「朱雀」。
隣懸魚:「松に鶴」。
車板:正面は「宝珠をつかむ青龍」、左右は「夫婦唐獅子」。
 ≪後屋根廻り≫
拝懸魚は「朱雀」。
隣懸魚は「梅に鴬」。
車板:正面は「牡丹に親子唐獅子」、左右は「青龍」。
 ≪腰廻り、見送り廻り≫
脇障子:右は「朱雀」、左は「獅子の子落とし」。
縁葛は「牡丹に唐獅子」。 
土呂幕:正面は「唐獅子」、右は「平影清綴引き」、左は「義経八艘飛び」、

 初代は明治19年頃購入。
 二代目は42年頃購入。
住吉山手5−3−1 若宮八幡宮 10/11 子供神輿 湯立神事あり
魚崎南町3−19−18 魚崎八幡神社 5/4、5 神輿2基
地車1台
子供地車1台
  
神戸型幕式。明治22年河内より購入。昭和61年(1986)、36年ぶりに復活。長さ6、6m(棒含む)。幅2、6m。高さ3、8m。
平成15年修復。柱、土呂台、金物 等新調。
 ≪飾り幕≫
平成19年(2007)3月25日、新調飾り幕のお披露目。復元新調。愛媛・新居浜市の葛燉リの作。
前幕は「珠取り夫婦龍」、見送り幕は「白楽天、住吉の浦に来たりて住吉の神と歌問答する」。

 ≪前屋根廻り≫
鬼板は「獅噛み」。
拝懸魚:「猩々」。隣懸魚:「楽人」。
車板:正面は「邪鬼をつかまえる鐘馗」、左右は「青龍」。
 ≪後屋根廻り≫
拝懸魚:「牛若丸」。隣懸魚:「雲海」。
車板:正面は「牛若丸 弁慶五条大橋の出会い」、左右は「青龍」。
 ≪腰廻り、見送り廻り≫
脇障子:右は「神功皇后」、左は「応神天皇を抱く武内宿禰」。
土呂幕:正面は「義経八艘飛び」、右は「頼朝朽木隠れ」、左は「平景清錣引き」。
土呂台:「青海波」。


 江戸期には大、中、小の3台があり、元住吉神社に宮入り。大は明治2年の作。中は寛政7年(1795)6月吉日購入。小は弘化3年(1846)は現・子供地車。  
子供=弘化3年(1846)の作。
御影郡家2丁目9−27
(御影町御影字弓弦羽ノ森1810)
弓弦羽神社公式HPへ 5/3、4 神輿
地車8台 郡家、弓場、東之町、西之町、上御影、中之町、西御影、中御影
10/15 例祭 3年毎に神幸祭。この年は日曜。鳳輦、稚児行列。
文化6年(1823)の「平野家文書」には郡家、西之町、中之町、東之町、弓場の地車が宮入りしたとある。
郡家(ぐんげ)=神戸型幕式。昭和初期新調。大工は淡路の大工。彫師は初代彫寅(北野寅蔵)。平成14年、地元の大工により修復。長さ5、1m。幅2、4m。高さ3、2m。
 ≪前屋根廻り≫
拝懸魚・隣懸魚は「朱雀」。
車板:正面は「牛若丸 鞍馬での修業」、右は「?」、左は「平景清錣引き」。
 ≪後屋根廻り≫
拝懸魚:「龍神に乗る天照大神」。隣懸魚:「梅に鴬」。
車板:正面は「源三位頼政鵺退治」、右は「?」、左は「義経と景時の激論」。
 ≪見送り廻り、腰廻り≫
縁葛:「唐子遊び」。
土呂幕:「源平合戦」。

 初代は江戸後期より。
 先代は明治期購入し、大正13年頃売却。

弓場(ゆんば)神戸型幕式。明治31年5月制作。三代目。大工は淡路の宮田和兵衛。彫師は小松源助。錺師は鈴木源右衛門。この地車は明治26年に弓場に住んでいた御影の大地主の奥田栄吉氏が町のために、淡路より業者を呼んで自分の母屋に住ませ御影の浜で作らせたものである。長さ6、52m。幅2、72m。高さ3、46m。
 ≪飾り幕≫
飾り幕は平成16年新調。
見送り幕は「神武天皇東征」。

 ≪前屋根廻り≫
拝懸魚:「素盞鳴尊八岐大蛇退治」。
隣懸魚:「梅」。
車板:正面は「後醍醐天皇隠岐より帰る」、右は「素盞鳴尊と天照大神」、左は「日本武尊 野火の難」。
 ≪後屋根廻り≫
拝懸魚:「大巳貴命 大鷲退冶」。隣懸魚:「竹に菊に牡丹」。
車板:正面は「神功皇后と武内宿禰」、右は「日本武尊 熊襲退治」、左は「国産み」。
 ≪見送り廻り、腰廻り≫
脇障子:右は「新田義貞稲村ヶ崎」、左は「児嶋高徳櫻木に歌を詠む」。
土呂幕:「蒙古来襲、鬼若鯉退治」。
御影東之町=神戸型三枚板(元は住吉型)。三代目。昭和63年3月27日、購入入魂式。大下工務店より和泉市黒鳥辻小路先代地車を購入。
大工は十一代目大佐。銘板では細工人 住吉郡 住吉村 大佐とある。長さ5、1m。幅2、4m。高さ3、5m。
経路は明治中期新調。旭区城北公園近くの村⇒堺市長承寺⇒泉大津市森町の福田さんが購入⇒半年ほどで福田さん他界につき森町青年団に寄贈⇒2台あっても仕方ないので1度も曳くことなく翌年に20万円で和泉市黒鳥辻小路に売却⇒御影東之町へ。
平成22年12月12日、修復入魂式。杉田組による。
 ≪前屋根廻り≫
拝懸魚:「素盞鳴尊 八岐大蛇退治」。
隣懸魚:「青龍」。
車板:正面は「宝珠をつかむ青龍」、左右は「牡丹に唐獅子」。
 ≪後屋根廻り≫
拝懸魚:「鷲に猿」。隣懸魚:「松に猿」。
 ≪見送り廻り、腰廻り≫
松良:「猩々」。
土呂台:「波濤」。
脇障子:右は「平 敦盛」、左は「熊谷次郎直実」。
見送り(三枚板):正面は「加藤清正虎退治」、右は「飛龍退治」、左は「?」。
土呂幕:正面は「那須与一」、右は「平景清錣引き」、左は「義経八艘飛び」、後ろは「敦盛呼び戻す熊谷次郎直実」。

 初代?(先々代)は大正12年頃に菊正宗の寄贈の地車であったが、大きすぎるため青木に売却。(現存せず)
 先代は大正14年頃に親子で新調するが、戦後に不審火で焼失した。

復活以前(昭和58年〜62年)はだんじりのミニチュアを載せただんじり神輿で宮入りした。
西之町(御影本町7、8丁目あたり)=神戸型幕式。昭和3年3月制作。制作費は5,280円。請負は大歳茂平。大工は木長為吉。彫師は開正藤、生a。
昭和62年に大屋根、小屋根新調。平成7年に飾り金物修理。平成14年に梶内だんじり店で幕の修復。
平成24年、木下彫刻工芸にて欠損していた彫刻の欠け継ぎ、獅噛みの目玉の彩色を行う。
長さ5.28m。幅2.29m。高さ3.69m。
 ≪前屋根廻り≫
拝懸魚:「天の浮橋」、隣懸魚:「きつつき」。
車板:「天の岩戸」。
枡合:正面は「後醍醐天皇隠岐より帰る」、右は「平景清錣引き」、左は「小桜合戦布引の滝」。
 ≪後屋根廻り≫
拝懸魚:「龍神に乗る天照大神」。
 ≪見送り廻り、腰廻り≫
縁葛:「波濤に浜千鳥」。
土呂幕:「牡丹に唐獅子」。
 一時期は大(現・地車)、中(灘区畑原地車)、小(新在家先代地車)と3台もの地車を有した。

 初代は江戸期後半制作。
 二代目は明治初期制作で大正5年頃に三田市北浜(鍛冶屋町)に売却。
 三代目は大正5年制作し、昭和7年頃に灘区畑原に売却。
 子供地車を大正13年頃制作するが、昭和9年頃に新在家に譲渡。この地車は阪神大震災で壊れる。
平野(上御影=昭和29年〜平成3年はだんじりの地区名を上御影とした)神戸型幕式。2代目。明治初期の作。昭和3年に淡路北淡より250円?程で購入。その時に住吉・吉田の大工大石巳代吉より改修。
長さ5m。幅2、4m。高さ3、43m。
 ≪飾り幕≫
見送り幕は昭和10年頃購入。「巴御前馬上の雄姿」他。

 ≪前屋根廻り≫
拝懸魚:「鷲に猿」。隣懸魚:「群雲に日輪・月輪」。
車板:正面は「親子青龍」、左右は「牡丹に親子唐獅子」。
 ≪後屋根廻り≫
拝懸魚:「朱雀」。隣懸魚:「群雲」。
車板:正面は「龍に虎」、左右は「夫婦飛龍」。
 ≪見送り廻り、腰廻り≫
脇障子:左右とも「獅子の子落とし」。
勾欄:「干支に花鳥風月」。
縁葛:「牡丹に唐獅子」。
土呂幕:「波濤に兎」。土呂台:「竹に虎」。
中之町=神戸型幕式。明治36年制作。三代目。大工は不詳。彫師は平間勝利?。幕は平成6年新調。縫師は梶内嘉三。長さ5、5m。幅2、53m。高さ3、46m。
 ≪飾り幕≫
飾幕は「珠取り夫婦龍」、見送り幕は「神功皇后御影写す沢の井」。


 ≪前屋根廻り≫
拝懸魚:「王子喬」、隣懸魚:「麒麟」。
車板:「牛若丸 弁慶五条大橋の出会い」。
 ≪後屋根廻り≫
拝懸魚・隣懸魚:「朱雀」。
車板:「秀吉本陣佐久間の乱入」。
 ≪見送り廻り、腰廻り≫
縁葛:「唐子遊び」。
土呂台:「波濤に浜千鳥」。

 一時期は大(現・地車)、中(灘区畑原地車)、小(新在家先代地車)と3台もの地車を有した。
西御影(昭和22年西之町より独立。御影中町5丁目〜8丁目)住吉型三枚板型式で外コマ。平成3年12/1、東大阪市柏田より購入。
明治中期制作。大工は11代目「大佐」。銘板には「細工人 住吉郡住吉村 大佐」とあり。
経路は某所⇒西今里⇒柏田⇒西御影。購入時に大工の南野孝士により解体修理。さらに平成15年、大修復。
 ≪前屋根廻り≫
鬼板:「獅噛み」。
拝懸魚:「青龍」。隣懸魚:「青龍」。
車板:「加藤清正の虎退治」。
桝合:「牡丹に唐獅子、谷越え獅子」。
虹梁:「牡丹に唐獅子、珠取り獅子」。
 ≪後屋根廻り≫
拝懸魚:「猿つかむ鷲」、隣懸魚:「松に猿」。
車板:「加藤清正の虎退治」。
桝合:「牡丹に唐獅子」。
 ≪見送り廻り、腰廻り≫
脇障子:右は「篠塚伊賀守?」、左は「長山遠江守?」。
隅障子:「見張りの武者」。
三枚板:正面は「源三位頼政の鵺退治」、右は「雄略天皇猪退治」、左は「鎮西八郎為朝の豪弓」。
花戸口虹梁:「司馬温公の瓶割り」。
土呂台は「波濤」。
持送り:「松樹下の唐子、天狗面の唐子」。

 地車購入以前は昭和59年子供会の樽神輿を作り宮入りする。続いて61年に大人用の樽神輿を作る。
中御影(中御影地鞍馬保存会)=元は郡家・東之町の一部で戦後独立。御影中町1〜4丁目である。また町内に柳川が流れていたことにちなみ提灯には柳と書かれている。
=平成15年2月11日、町内搬入。4月20日、購入入魂式。明治初期〜中期に制作。大工は「大佐」11代目川崎仙之助か堺の大工。彫師は彫又一門。
元々は住吉型(板勾欄出人形式堺型)。購入に際し大下工務店で修復。
獅噛みは寿町に売られていく先代地車に替えられた。板勾欄と出人形は取り外し外輪の神戸型にする。見送り正面は「漢の高祖、龍退治」。左は「天竺班足王」。右は「はんかい門破り」。
経路は某所新調?⇒高石市綾井(綾井西)⇒和泉市尾井町⇒柳へ。

 祭りの始まりは平成元年に樽みこしを東之町より借りての宮入り。

 初代は神戸型三枚板。平成5年4月に尼崎市西桜木より購入。昭和28年8月制作。大工・彫師は西山音吉。平成15年1/25に東京都府中市壽町に譲り渡し。

経路は地元の尼崎市築地若中⇒西淀川区大野町(昭和32年購入)⇒尼崎市西桜木(昭和48年購入)⇒柳⇒東京都府中市壽町。
御影町西平野伊賀塚27 厳島神社 10/11 例祭 地車購入の動きもあった
御影塚町2丁目9−2 東明八幡神社公式HPへ 5/4土日 地車1台 東明(とうみょう) 
9/23 子供地車1台 子供会主催
東明=神戸型幕式三枚板付き。昭和62年9/14購入入魂式。明治30年頃の作。大工は仲谷誠治郎。彫師は辻田友次郎。長さ6m。幅3m。高さ3、8m。
 この地車の経路は大阪で新調。その後住吉「大佐」を通じて左専道(現・城東区諏訪)の青年団が独自で購入。しかし、長老の反対で村に持って帰れなくなり、それを大正15年頃に東大阪の荒川が購入。そして昭和47年頃に富田林市の毛人谷(えびたに)の水利組合が200万円で購入。しかし事情があり、昭和60年頃に「太鼓正」に売却。これを昭和61年に東明が購入。
 ≪前屋根廻り≫
拝懸魚:「飛雀」。隣懸魚:「青龍」。
車板:「宝珠をつかむ青龍」。
 ≪後屋根廻り≫
拝懸魚:「松に鷲」。隣懸魚:「松に鷲」。
車板:「牡丹に唐獅子」。
 ≪見送り廻り、腰廻り≫
枡合:「三猿」。

 明治期は布団だんじりをかいていたが、明治35年頃に淡路に売却。明治40年頃に小型地車購入。昭和10年頃に某所に売却。

先代は高嶋多助氏の寄贈により昭和8年9/14新調入魂式。大工は大石巳代吉。彫師は川原啓秀(野寄先代地車と兄弟地車)。昭和20年8/5の空襲で焼失。
戦後は昭和32年より子供用樽神輿。45年より子供町内だんじり。55年は子供神輿を出し、祭礼復活の日を待った。
子供地車=秋祭りに使われる。子供会中心の地車。平成6年、有志約15人の賛同を得て3ヶ月がかりで作られる。長さ3m。高さ3m。
コマが老朽化のため、平成19年頃から出ていなかったが、コマ新調後は例大祭にも子供用として活躍。。
御影1丁目22−25 綱敷天満神社 5/4土日 神輿、鳳輦
地車2台 浜石屋、上石屋
9/25 例祭 平成23年は東日本大震災復興祈願で地車宮入り
鳳輦=三年に1度渡御される。最近は平成26年(2014)。その前は平成24年(2012)に渡御。これは東日本大震災のため、1年ずれるため。
昭和12年、宮内庁御用達の高田装束店の作。宮内庁に同模型があると聞く。
浜石屋=昭和62年新調。「太鼓正」より購入。彫物は台湾の彫師。制作費3、000万円。幕は京都刺繍館。平成元年鬼板と龍交換。彫師は井岡勘冶。平成5年屋根修理。長さ2、45m。幅1、9m。高さ3、25m。
 ≪飾り幕≫
飾り幕は「珠取り夫婦龍」。見送り幕は「新田義貞稲村ヶ崎」。

 ≪前屋根廻り≫
拝懸魚:「朱雀」。隣懸魚:「青龍」。
車板:「青龍」。
 ≪後屋根廻り≫
拝懸魚:「松に鷲」。隣懸魚:「飛龍」。
車板:「松に鷲」。
≪見送り廻り、腰廻り≫
枡合:「三猿」。  


 明治期に地車2台。さらに昭和12年に彫師が川原啓秀の親子地車新調で計4台の地車保有。しかしながら、昭和20年6/5の空襲で4台とも焼失。
 地車焼失のため、子供神輿購入。昭和30年代に京都で修復もした。現在は神社で保管し、例祭時に浜石屋の提灯を付け神社に飾付け。
 昭和56年約31年の空白を絶つべくみんなで布団だんじりを作る。現・地車購入につき神社の小屋に格納。
上石屋=神戸型幕式。昭和58年4月制作。4代目。大工は有居孝充、岩釜昭治。彫師は甲良丈により魚崎浜の三木材木店にて新調。
長さ5.2m。幅2.3m。高さ3.2m。
幕は平成10年、御影勲雄。平成6年にかさあげ、彫物補充。

 ≪飾り幕≫
飾り幕は御影勇雄作。見送り幕は京都・日本刺繍館作で「義経八艘飛び、那須与一扇の的」。

 ≪前屋根廻り≫
拝懸魚:「朱雀」。
車板:「夫婦唐獅子」。
 ≪後屋根廻り≫
拝懸魚:「朱雀」。
車板:「牡丹」。
 ≪見送り廻り、腰廻り≫
脇障子:左右とも「牡丹」。
土呂幕:「牡丹、牡丹に梅鉢」。

 三先代(初代?)は明治期の作。大正11年頃に中島畳店?に売却。
 先々代は昭和12年制作。彫師は川原啓秀の名地車だったが、昭和20年8/5の空襲で焼失。

 昭和55年に30年の空白を絶つべく魚崎の子供地車を借りて曳いた。
 【住吉だんじり資料館】
東灘区住吉東町2丁目3−40。市立東灘図書館に併設。10:00〜17:00。定休日は月曜(月曜が祝祭日の場合は翌日)、年末年始。入館無料。
平成25年(2013)9月23日オープン。本住吉神社の例大祭にまつわる資料を展示。西区先代地車、飾り幕(平成15年まで使用)、改修前の茶屋区の破風板・彫刻 などを展示。

西区先代地車 =神戸型幕式。明治後期の作。昭和34年頃に垂水区東垂水より購入。東垂水は明治38年頃に淡路より購入。
大工不詳。彫師は平間勝利。鬼板は十代目小松現助。平成8年の大改修で土呂台を新調し大型になる。長さ3.31m。幅2.11m。高さ3.81m。
 ≪飾り幕≫
平成16年復元新調。前幕は「雌雄の龍」、後幕は「神功皇后、征伐の帰りに住吉大神に宝珠を捧ぐ」。

 ≪前屋根廻り≫
拝懸魚:「朱雀」。隣懸魚:「朱雀」。
車板:正面は「親子青龍」。
枡合:【三韓の役】正面は「神功皇后応神天皇平産」、右は「安積磯良満珠を捧ぐ」、左は「神功皇后肥前松浦の場」。
  ≪後屋根廻り≫ 
拝懸魚:「朱雀」。隣懸魚:「松に鶴」。
車板:「夫婦唐獅子」。
枡合:【太平記】正面は「楠公子別れ櫻井の駅」、右は「後醍醐天皇隠岐より帰る」、左は「村上義光錦の御旗奪還」。
 ≪腰廻り、見送り廻り≫
土呂幕:正面は「那須の与一」、右は「義経八艘飛び」、左は「平影清錣引き」。

     

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