神崎郡(神河町、市川町、福崎町)

  

住所 神社名 例祭日 内容 備考
 ≪神河町≫
  平成17年(2005)11/7、神崎町+大河内町の合併で誕生。
 ◎旧・神崎町
中村629−1 埋田神社 10/連休土日 神輿 昔から古式装束で続けられている。
屋台1台(反り) 粟賀
屋台1台(神輿) 中村=平成12年制作。
獅子舞 中村
粟賀=狭間の彫師は久保経一長正。「小督局琴の曲」、「金龍武王を護る」、「天元一石の図」、「中川瀬兵衛九度敵兵を追い退く」。
中村獅子舞=寛文3年(1663)に現・多可町から伝わったとされ、以降、福本藩主の獅子舞として、毎年正月に藩主の御前に奉納されていた。廃藩後は、埋田神社の秋祭りに奉納されている
山田 大歳神社 10/連休の土日 屋台1台(反り)
狭間の彫師は堤義法。「布引4段目 小櫻の責め」、「曽我五郎大磯驀進」、「鎮西八郎為朝の剛弓」、「巴御前の雄姿」。
福本528−1 大歳神社 10/連休の土日 屋台1台(反り) 往古は神輿屋根。
狭間は「刃傷松の廊下」、「村上義光錦の御旗奪還」、「秀吉本陣佐久間の乱入」、「牛若丸 弁慶五条大橋の出会い」。幕は絹常の作。「龍の珠取り図」。
柏尾 大歳神社 10/連休の土日 屋台1台(反り)
狭間の彫師は川原啓秀。幕は昭和51年〜平成2年の間、大塩中之町で使われた。
 ◎旧・大河内町
比延245 日吉神社 10/10以降の日曜 神輿 子供神輿、とんぼ
屋台2台(反り) 寺前、高朝田
寺前=狭間の彫師は花岡義一。「天の岩屋戸」、「安宅の関 弁慶義経徴打す」、「曽我五郎大磯驀進」。
幕は日本刺繍の作。「追い龍」。 
高朝田=狭間の彫師は?。「天の岩屋戸」、「秀吉本陣佐久間の乱入」、「楠公子別れ櫻井の駅安宅の関」、「曽我五郎大磯驀進」。
宮野390 立岩神社 10/連休の土日 屋台3台 宮野、日和、小田原
子供屋台1台 宮野=昭和51年9/28入魂式
宮野=狭間の彫師は二代目松本義廣。「小督局琴の局」、「頼光木渡り」、「梶原景季 生田の森」。
幕は「龍虎」。


小田原=
狭間の彫師は川原啓秀。「神功皇后」、「曽我五郎大磯驀進」、「川中島の合戦」、「清水一学の勇戦」。
提灯は「虎と獅子」。幕は「張良と黄石公」。

日和(ひより)=狭間の彫師は川原啓秀。「楠公子別れ櫻井の駅」、「村上義光錦の御旗奪還」、「清水一学の勇戦」、「新田義貞宝刀流し」。
提灯は「虎」。幕は「龍の珠取り図」。 
新野889 熊野神社 10/連休土日 子供神輿3基
野村179 大歳神社 10/連休土日 子供神輿1基
大河447 大年神社 10/連休土日 子供神輿1基
上小田897 八坂神社 10/連休土日 子供神輿1基
川上808−6610 大歳神社 5/3 神輿
長谷1610 市原神社 10/連休土日 子供神輿1基 獅子舞
赤田 八幡神社 10/1日曜 子供神輿1基
栗418−1 鉾採神社 10/1日曜 子供神輿1基
淵92  大年神社 10/1日曜 例祭
長谷1556 為信神社 旧・9/7 例祭

 ≪市川町≫
 ■川辺地区
小畑905 天満神社 10/連休土日 神幸式 神輿、獅子舞
屋台3台(反り) 西小畑、南小畑、東小畑
東川辺、西川辺、西川辺東、西川辺南も氏子だが鎮守に宮入り。但し平成14年の「菅公1、100年祭」には宮入りした。
天正7年(1579)に書かれた「大宮天神社神事次第」によると、「練テノ相撲」、「獅子舞」、「田楽踊」、「竜音舞」、「流鏑馬」などが書かれている。
西小畑狭間の彫師は?。「鎮西八郎為朝の剛弓」、「布引4段目小櫻責め」、「村上義光錦の御旗奪還」、「曽我五郎大磯驀進」。
幕は「龍虎」。

南小畑=狭間は「鎮西八郎為朝の剛弓」、「布引4段目小櫻責め」、「楠公子別れ櫻井の駅」、「巴御前の雄姿」。
幕、提灯は日本刺繍。

東小畑=狭間の彫師は川原啓秀。「赤穂義士吉良邸討入り」、「清水一学の奮戦」、「村上義光錦の御旗奪還」、「川中島の合戦」。
幕は麦本。
東川辺140 八幡神社 10/連休土日 屋台1台(反り) 14年に改修。
子供屋台1台 平成14年制作。
彫師は川原啓秀。「安宅の関弁慶義経徴打す」、「新田義貞稲村ヶ崎」、「赤穂義士吉良邸討入り」、「赤穂義士両国橋引揚げ」。
幕は「龍の珠取り」。
西川辺76 天満神社 10連休土日 屋台2台(反り)
西川辺、西川辺南
西川辺=狭間の彫師は堤義法。「鎮西八郎為朝の剛弓」、「布引4段目小櫻責め」、「曽我五郎大磯驀進」、「巴御前の雄姿」。
幕は川村刺繍。

西川辺南=平成15年、屋台購入。幕は麦本の作。復活までは子供屋台。
先々代は永らく休止。現・屋台購入につき解体され、狭間は西川原東へ。
西川辺 八正神社 10/連休土日 屋台1台(反り) 平成12年布団新調
狭間は平成15年、西川辺南より購入。彫師は三代目三代目松本義廣。「天の岩屋戸」、「布引4段目小櫻責め」、「曽我五郎大磯驀進」、「巴御前の雄姿」。
幕は「龍の珠取り」。
上田中306 諏訪神社 10/連休の土日 屋台4台(反り)
子供屋台4台
上田中、北田中、西田中、保喜
獅子舞 上田中
上田中=狭間の彫師は?。「曽我五郎大磯驀進」、「頼光木渡り」。

北田中
=昭和10年制作。狭間の彫師は堤義法。「布引4段目小桜責め」、「楠公子別れ櫻井の駅」、「秀吉本陣佐久間の乱入」、「村上義光錦の御旗奪還」。

西田中=狭間の彫師は川原啓秀。「赤穂浪士討入り」、「清水一学の奮戦」、「村上義光の奮戦」、「秀吉本陣佐久間の乱入」。

保喜
=狭間の彫師は伊田義光。「天の岩屋戸」、「布引四段目 小桜責め」、「曽我五郎大磯驀進」、「巴御前の勇戦」。
 幕は梶内。
獅子舞は、宝永5年(1708)頃に始まったとされる。昭和50年代に保存会を結成し復活。
獅子は雄獅子。獅子に二人、太鼓一人、笛数人、「ばやし子」に子供子ども数人である。舞は4種類。本来は8種類。
 ■瀬加地区
下瀬加1147 天満神社 10/連休土日 浦安の舞
屋台2台
子供屋台1台
上瀬加、下瀬加
「瀬加村誌」によると、天満神社は姫路藩主から毎年9月20日の大祭には能楽の奉納が行われていて、明治初年頃まで続いていたと書かれている。  
寺家 笠形神社 10/連休土日 屋台5台 塩谷、半瀬、岩戸、市場、下岡 
廃絶2台 下牛尾、河内
昭和45年を最後に7台の屋台が笠形神社に揃う光景は見られなくなり、現在は各地区の鎮守に宮入り。
塩谷=狭間の彫師は堤義法。「敦盛呼び戻す熊谷次郎直実」、「鎮西八郎為朝の剛弓」、「楠公子別れ櫻井の駅」、「曽我五郎大磯驀進」。

半瀬=彫師は堤義法。「敦盛呼び戻す熊谷次郎直実」、「秀吉本陣佐久間の乱入」、「紅葉狩り」、「牛若丸と弁慶五条大橋の出会い」。

岩戸
=鎮守は岩戸神社。彫師は堤義法。「天の岩屋戸」、「村上義光錦の御旗奪還」、「曽我五郎大磯驀進」、「川中島の合戦」。

市場
=彫師は堤義法。「天の岩屋戸」、「本能寺の変」、「鶴ヶ岡八幡宮」、「巴御前の勇戦」。

下岡
⇒鎮守は天岩峯神社(下牛尾540)。
彫師は堤義法。「川中島の合戦」、「楠公子別れ櫻井の駅」、「鎮西八郎為朝の剛弓」、「布引4段目小櫻責め」。
 ■甘地地区
甘地2 甘地八幡神社 9/初旬 屋台1台
獅子舞 県指定重要無形民俗文化財
屋台=平成20年(2008)約60年ぶりに復活。某町より購入。
 先代は戦中戦後の混乱期に無くなる。
獅子舞=県指定重要無形民俗文化財。旧船津村字宮ノ元(現在の姫路市船津町)の八幡神社から伝わった奉納獅子舞で天正年間(1573〜91)以前のものと云われる。
奥449 大歳神社 10/連休土日 屋台2台
坂戸=鎮守は姫宮神社。
平成20年(2008)9/28、購入入魂式。反り屋根。同町下牛尾の河内地区から購入し改修。
 先代もあり。
 ■鶴居地区
小室4 小室天満神社 10/連休の土日 屋台3台 鶴居、谷  
現社殿は昭和16年(1941)に改築されたが、当時の氏子は15ヶ村に及んだので、竣工の際には、鶴居村、甘地村の全域と寺前村の新野、野村からも屋台が繰り出し、盛大に式典がなされた。
鶴居=屋台と共に長持もある。屋台の古い太鼓の墨書きには寛政6年(1794)と書かれており、当時より屋台、長持も出されていたもの思われる。

=宵宮に宮入り。本宮は鎮守の大歳神社へ。反り屋根。
沢1063 猿田彦神社 10/連休土日
(元・16)
屋台4台 沢北部、沢中部、美佐東部、美佐西部 
子供屋台4台 沢北部、沢中部、美佐北部、美佐東部
廃絶2台 大河内町新野、野村
沢北部=平成14年改修。狭間の彫師は?「村上義光錦の御旗奪還」、「楠公子別れ櫻井の駅」、「鎮西八郎為朝の豪弓」、「曽我五郎大磯驀進」。
幕は「龍の珠取り」。


沢中部
=狭間は堤義法。「村上義光錦の御旗奪還」、「秀吉本陣、佐久間の乱入」、「牛若丸 弁慶五条大橋の出会い」、「刃傷松の廊下」。

美佐北部
=手作り屋台。

美佐東部=狭間は堤義法。「秀吉本陣、佐久間の乱入」、「牛若丸 弁慶五条大橋の出会い」、「赤穂義士討入り」、「赤穂義士両国橋引揚げ」。
幕は「龍の珠取り」。
美佐西部=狭間は川原啓秀。「神功皇后」、「赤穂義士討入りの場」、「清水一学の勇戦」、「赤穂義士両国橋引揚げ」。
提灯は「阿吽の龍」。幕は「龍の珠取り」。
新野=昭和43年、解体され鎮守の熊野神社の拝殿に泥台、高欄、水引など屋台の前面だけを組立まるで絵馬のようにして奉納している。

 ≪福崎町≫
南大貫(大貫2061) 大年神社 10/連休の土日 屋台3台 南大貫、東大貫、西大貫 
宵宮には屋台が町内を巡行。本宮は14時頃には南大貫区・東大貫区・西大貫区の順に大年神社への宮入りが行われる。
南大貫=狭間の彫師は堤義法。「楠公子別れ櫻井の駅」、「梶原景季生田の森」、「牛若丸弁慶五条大橋の出会い」、「鎮西八郎為朝の剛弓」。
幕は「龍の珠取り」。


東大貫
=狭間は「牛若丸 弁慶五条大橋の出会い」、「楠公子別れ櫻井の駅」、「曽我五郎大磯驀進」、「?」。

西大貫
=狭間の彫師は川原啓秀。「吉良邸討入り」、「清水一学の奮戦」、「上野介取り押さえ」、「両国橋引揚げ」。
田尻(西田原1539) 熊野神社 10/連休の土日
(元・17)
神輿
反り屋根10台 田尻、辻川、北野、加治谷、大門、吉田、八反田、長目、中島、北野、西光寺
神輿屋根2台 井之口、西野
屋台なし 亀坪
田原村の屋台創建は熊野神社に明治27年9月建立の「絹常」の玉垣があることから、明治20年代には始まったと思われる。
田原地区の本宮は、熊野神社に13時頃から田尻区・大門区・西野区・加治谷区・辻川区・井ノ口区・中島区・北野区・西光寺区・長目区・八反田区・吉田区の順に12台の屋台が奉納される。
鳥居をくぐった屋台は拝殿前で差し上げを行い、境内を回った後、拝殿の裏を回り定位置に据えられる。屋台の宮入りが終わると境内中央の舞台で、15時頃から浄舞とと浦安の舞が行われる。
 【西田原地区】
田尻=宮本にあたる。反り屋根布団屋台。平成26年(2014)9月28日、新調入魂式。平成27年、完成。川村商店の作。
 先々代は大正4年(1915)頃に加西市北条町より購入。
 先代は狭間の彫師は二代目松本義廣。「安宅の関 弁慶義経徴打す」、「巴御前の勇戦」、「天の岩屋戸」、「梶原景季 生田の森」。幕は「龍虎」。
加古川市船町(上ノ庄神社)に嫁入り。

井之口=平成2年(1990)姫路市東山新調。大工は立森氏他2名。4年、漆塗り。
狭間:平成4年新調。彫師は二代目中山龍雲。「桃山御殿」、「安宅の関 弁慶義経徴打す」、「巴御前の雄姿」、「村上義光 錦の御旗奪還す」。
露盤:「五條大橋 弁慶と義経」、「加藤清正の虎退治」、「秀吉本陣佐久間の乱入」、「村上義光 錦の御旗奪還す」。
高欄掛は退治物。平成21年復元新調。「加藤清正の虎退治」、「隠岐次郎左衛門の鷲退治」、「素盞鳴尊 八岐大蛇退治」、「坂田金時の鯉退治」。
幕:「龍虎」。
 往古、明治26年(1893)屋台新調。この屋台は明治36年まで使われ現在、多可町中区森本屋台として使われている。
 先代は神輿屋根。四代目以降。二代目以降は神輿屋根。平成元年(1989)制作。平成5年漆塗り。
狭間の彫師は花岡正一。「天神記」、「曽我五郎大磯驀進」、「小督局」、「?」。

辻川=反り屋根布団屋台。平成4年(1992)制作。3代目。大工は川村。狭間の彫師は井上。
 初代は反り屋根。焼失してしまった。
 先代は市川町下瀬加より神輿屋根の屋台を購入。平成3年まで使用。豊富方面?に売却。


北野=反り屋根布団屋台。大正8年(1919)頃に加西市北条の本町より購入。
狭間の彫師は久保経一長正。幕は平成2年新調。「平清盛と安芸の宮島」。
 【西田原地区】
加治谷
=反り屋根布団屋台。大正5年(1916)頃に姫路の方より購入?。彫師は川原啓秀。幕は「龍の珠取り」。

大門=反り屋根布団屋台。二代目。狭間の彫師は二代目松本義廣。「天の岩屋戸」、「布引4段目 小櫻責め」、「佐久間盛政 中川清秀の血戦」。 
幕は「追龍」。高欄掛は「源 義家龍退治」。

 先代は高砂市曽根町中筋新調→加西市富田の谷→大門→滝野町上滝野へ
 【南田原地区】
西野=神輿屋根。平成47年姫路市木場で制作。平成7年購入。
狭間の彫師は三代目松本義廣。「鶴ヶ岡八幡宮、神功皇后三韓出兵、楠公子別れ櫻井の駅、秀吉本陣佐久間の乱入」。露盤が津利義幸。


吉田=反り屋根布団屋台。平成24年(2012)9月15日、新調入魂式。9月9日搬入。平成25年(2013)完成。
 先代(二代目)は大正6年(1917)、社町社より購入。平成14年、幕、堤燈新調。京都の日本刺繍工業の作。
彫師は花岡富蔵義一。「神功皇后三韓出兵」、「曽我五郎大磯驀進」、「天の岩屋戸」、「安宅の関 弁景義経徴打す」。
幕は「龍虎」。高欄掛は「桶狭間の戦い」 。昼提灯は「鯉と鷹」。

八反田=反り屋根布団屋台。二代目。昭和63年改修。同時に幕など新調。彫師は久保経一長正。堤義法。
 先代は昭和2年(1927)、加西市在田に売却。


長目=反り屋根布団屋台。高砂市高須が昭和57年新調。平成16年(2004)9/4購入入魂式。
狭間は「牛若丸弁慶五条大橋の出会い」、「加藤清正虎退治」、「素盞鳴尊 八岐大蛇退治」、「曽我五郎大磯驀進」。
高欄掛は退治物。「龍、虎、鯉、鷲」。

 初代は布団屋根。
 先代は昭和50年代の作。
狭間の彫師は川原啓秀。「天の岩屋戸」、「村上義光錦の御旗奪還」、「布引四段目 小櫻責め」、「曽我五郎大磯驀進」。
幕は「4頭の虎」。高欄掛は「富士の巻狩り」。


中島=反り屋根布団屋台。三代目。昭和58年(1983)、姫路の業者より購入。狭間の彫師は久保経一。「川中島の合戦」、「平維盛紅葉狩り」、「村上義光錦の御旗奪還」、「鎮西八郎為朝の剛弓」。
幕は「龍虎」。

 先代は大正5年(1916年)頃に加西市北条町高室より購入。

西光寺=反り屋根布団屋台。平成22年(2010)9月26日、新調入魂式。搬入は9月11日。
大工は毛利工務店。彫師は中山龍雲。狭間・幕など復元新調。
 先代は大正12年、彫師は川原啓秀。「神功皇后 三韓征伐」、「新田義貞 稲村ヶ崎」、「楠公子別れ櫻井の駅」、「赤穂義士吉良邸討入り」。
幕は「龍虎」。昼提灯は「玉龍」。京都の日本刺繍工業の作。
亀坪=氏子13ヶ村のうち当村のみ村が小さいため、屋台を出していない。
山崎1011 二之宮神社 10/連休の土日 屋台13台 新町、馬田、山崎、福田、田口、板坂、長野、神谷、西谷、西治、高橋、桜
 【反り(布団)屋根】
山崎=彫師は川原啓秀。平成14年、幕新調。

福田=平成18年(2006)4/29、新調入魂式。大工は三木市の宮脇建設。狭間、梵天、錺金具、幕は旧屋台を引き継ぐ。
彫師は三代目松本義廣。幕は「絹常」の作。高欄掛は昭和56年作、姫路市大塩中之丁より購入。

田口
=彫師は川原啓秀。幕は麦本の作。「大己貴命鷲退治」。

板坂=「素盞鳴尊八岐大蛇退治」、「頼光木渡り」、「巴御前の勇戦」、「?」。


長野
=狭間の彫師は堤義法。「天の岩屋戸」、「曽我五郎大磯驀進」、「村上義光錦の御旗奪還」、「楠公子櫻井別れの駅」。

幕は絹常の作。「九尾の狐退治」。

神谷(こだに)=昭和52年制作。
狭間の彫師は川原啓秀。「楠公子櫻井別れの駅」、「村上義光錦の御旗奪還」、「川中島の合戦」、「赤穂義士吉良邸討入り」。
幕は平成13年復元新調。「一ノ谷の合戦」。

西谷=大工は麦本政雄(白浜)。彫師は川原啓秀。昭和63年、幕新調。  

兵庫県福崎町福崎新の新町区が、地元・新町天満宮の祭りで巡行する屋台を約30年ぶりに新調し10日、同天満宮で完成式を行った。氏子ら約400人が完成を祝った後、地区内を練り歩き、お披露目した。

 新たな屋台は高さ4・2メートル、幅2・6メートル。以前のものよりも一回り大きくなり、伊達綱は地区のシンボルカラーの赤色をあしらった。屋根の隅を飾る総才端には風神雷神の装飾を施し、狭間は菅原道真の生涯の名場面を刻んだ彫刻を配した。

 【神輿屋根】
新町
=平成29年(2017)9月10日、屋台完成式。約30年ぶり。高さ4.2m。幅2.6mと以前より一回り大きくなる。狭間は「菅原道真の生涯」。
 先代は昭和62年制作。先々代の屋台の狭間を利用。彫師は川原啓秀。「新田義貞 稲村ヶ崎」、「村上義光錦の御旗奪還」、「村上義光錦の御旗奪還」、「清水一学の奮戦」。
幕は「龍虎」。高欄掛は「阿吽の龍」、「阿吽の虎」。

馬田=平成24年新調。26年完成。
 先代は狭間の彫師は堤義法。「梶原景季 生田の森」、「本能寺の変」、「布引四段目 小櫻責め」、「巴御前の勇戦」。
水引幕:大正初期〜昭和初期。絹常三代目常三郎の作か?。「川中島の合戦」。
高欄掛は昭和56年〜平成4年まで姫路市大塩中之町使われる。「宇治川の先陣争い」。

西治(さいじ)=昭和50年制作。
狭間は一面ごと彫師が違う。二代目松本義廣「天の岩屋戸」、三代目黒田政勝「赤穂義士両国橋引揚げ」、堤義法は「川中島の合戦」、津利義正は「安宅の関 弁慶義経徴打す」。
幕は昭和63年、「龍虎」。高欄掛は「阿吽の龍」、「阿吽の虎」。 
 先代は姫路市の浜の宮の宮(先々代)より購入。今も狭間と正角は引継れている。

高橋=平成18年(2006)新調。
 先代は 平成元年(1989)制作。彫師は三代目松本義廣。12年に錺金具新調。
平成19年(2006)姫路市思案橋に売却。

=平成13年(2001)姫路市の魚吹八幡神社氏子の熊見より購入。
狭間は先代のを使う。彫師は久保経一長生。「戻り橋の鬼」、「曽我五郎大磯驀進」、など。
 先代は昭和3年購入で、業者に下取り。


駅前
=平成15年(2003)制作。狭間は「神功皇后」、「楠公子別れ櫻井の駅」、「川中島の合戦」、「鎮西八郎為朝の剛弓」。
幕は「龍虎」。
高欄掛は退治物「龍、鵺、鷲、鯉」。
八千種1340 大歳神社 10/連休土日 神輿
反り屋根屋台4台 余田、庄、鍛冶屋、小倉
2015年は本宮の13時頃に、余田区・庄区・鍛治屋区(2015年は小倉区は休止)。の順に宮入りがある。
宮入りが済むと浄舞が行われ神輿渡御が行われる。神輿に続いて屋台も宮出を行い、神社前の池の畔にある御旅所まで渡御を行う。神輿の還御が行われ、再び屋台の宮入りが庄区・鍛治屋区・余田区の順に16時頃に行われる。日も暮れ屋台に電飾が灯ると、境内で屋台の練り合いを行い宮出となる。
余田=藍の布団屋根。梵天は龍。天幕は笹竜胆と矢車の紋。
狭間の彫師は池田芦角斎。幕は「龍の珠取り」。 

庄=赤の布団屋根。梵天は唐獅子。天幕は市松模様。
狭間の彫師は川原啓秀。「天の岩屋戸」、「清水一学の勇戦」、「川中島の合戦」、「?」。
幕は「龍の珠取り」。高欄掛は「富士の巻狩り」。


鍛冶屋
=赤の布団屋根。梵天は海老。天幕は富士山。
狭間の彫師は?。「鎮西八郎為朝の剛弓」、「楠公子別れ櫻井の駅」、「村上義光錦の御旗奪還」、「巴御前の勇戦」。
  
幕は「龍の珠取り」。

 
子供屋台もあり。

小倉=平成18年の福崎町制50周年には出ていたが、最近は出していないと聞く。

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